西洋アンティーク | 東京 | 歴史と芸術のマリアージュ

西洋アンティークショップ 11th Avenue | 東京 | 通販

マジョレル【フランス】花文スーピエール 1890年頃

88,000円(税込)

購入数
アール・ヌーヴォー期に、特に家具で活躍したマジョレル(Majorelle)の陶器(ファイアンス)によるスーピエール(チュリーン)です。

マジョレルといえば家具ですが、マジョレル家の活動の始まりは家具ではなくファイアンスであり、ルイ・マジョレルの比較的初期のお品です。ルイの初期のころはまだアール・ヌーヴォーが流行していなくルイ15世様式(ロココ様式)が主流でした。このスーピエールも基本はルイ15世様式の形状と装飾ですが、蓋の形状は凹凸のある立体感のあるデザインで、装飾もただの花絵ではなく、非常に綺麗な花絵が描かれ、通常のファイアンスでは見られない装飾です。花絵はルイ15世様式でありながら、アール・ヌーヴォーの影響が少し見られる描き方で、アール・ヌーヴォーが流行し始めたころのお品であることが感じられます。

【マジョレル / Majorelle】
1825年、リュネヴィルで生まれたオーギュスト・マジョレルは同地のファイアンス工房にて修行、その後1858年にトゥールに移り、トゥール・ベルヴューのファイアンス工房と協力しファイアンスを制作した。息子のルイが誕生後の1861年、ナンシーに移り引き続きファイアンスを制作、特にジャポニスムの影響を強く受けた作品を得意とした。その後、オーギュストは家具の生産に取り掛かった。特にルイ15世様式(ロココ様式)の家具で成功を収め、発展した。オーギュストは1879年に死去、ルイが事業を継承し兄弟とともに「Majorelle Freres」として活動した。1880年代は引き続きルイ15世様式の家具とファイアンスを制作していたが、1894年の展示会にて工芸家エミール・ガレに影響を受け、アール・ヌーヴォーの製品を手掛けるようになり、工芸家のドーム兄弟とも協力関係にあった。1900年のパリ万博では成功を収め、1901年にガレとともにナンシー派を設立し、副会長となった。会社は順調でパリ、リヨン、リールにも店舗を開くなどしたが、1916年火災によって商品や財産が失われ、さらに翌年には第一次世界大戦によるドイツの空襲でナンシー店が破壊、リール店が略奪された。戦後は限られた財産でアール・デコの制作し、ドーム兄弟とも引き続き協力関係にあったが、1931年に事業は閉鎖となった。なおルイの息子ジャックは画家として活躍した。



年代1890年代
刻印MAJORELLE NANCY
状態コンディションd蓋にヘアラインクラックが1か所、小さな欠けあり、本体の脚全体に直しあり
サイズ横幅 28cm 高さ 20cm,

※状態についてはコンディション(商品状態)についてをご覧ください。



スーピエール

絵が非常に見事であり、まるでマイセンの上手の花絵を見ているかのようです。ただの花絵ではなく、表現の仕方にアール・ヌーヴォーらしさが垣間見えます。



蓋は非常に迫力あるデザインで、豆が立体的にデザインされています。

マジョレル


スーピエール3

ルイ・マジョレルの初期のころに使用されていた窯印。



おすすめ商品