11TH AVENUE · DELFTWARE · HISTORY & MATERIALS
デルフト陶器の歴史と窯印辞典
33の窯、作品と印、白い釉の科学。オランダの陶器を資料から読み解く。
デルフト陶器を、器・窯・材料から読む
白地に青い絵を描いた器は、デルフト陶器の一面です。その世界には白一色の器、多彩色、黒地の装飾陶器、建築を飾るタイル、宮廷の花器が含まれます。中国や日本の磁器を受け止めながら、異なる原料と焼成技術で育った陶器文化を、作品と資料からたどります。
本ページは、デルフト市の窯の歴史と、より広いオランダの錫釉陶器・タイル研究を区別して扱います。窯名だけでなく、所有者、原料、釉の構造、製作の痕跡、用途、研究でまだ決着していない問題を調べられる構成です。各項目の出典から博物館の作品記録や研究資料に進めます。
最初は「材質・製作技法」の白い層の解説から、窯を調べる場合は「33の窯」からお読みください。アルファベット印は検索欄にAK、LVEなどを入力できます。印の文字は読みを示すもので、実物の筆跡を再現した図ではありません。
デルフト陶器の歩み|はじめて読む歴史年表
デルフト陶器が生まれる背景から、17世紀の発展、衰退と近代の復興までをたどります。
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16世紀初め
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1585年以後
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1625年
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1650–1670年代
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1653年
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1690年頃
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1700年頃
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1750年頃から
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1764年
窯印を登録する動き
複数の工房で、自分たちの窯印を登録する動きが見られます。窯印は、器の底などに付ける文字や図柄です。登録より前から使われた印もあるため、1764年がすべての印の始まりではありません。
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1800年頃
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1858年以後
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1876年
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1879年以後
代表作品
多口花器|1690年頃の宮廷趣味
ca. 1690

ca. 1690|所蔵品番号 1994.218a–c
The Metropolitan Museum of Art|Purchase, Bequest of Helen Hay Whitney and Gift of George D. Widener, by exchange, 1994
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
フリークセ・アーに属する、高さ約72.4cmの多口花器です。花を挿す口と絡み合う蛇形の把手が造形を作ります。マローの意匠やウィリアムとメアリーの宮廷文化との関係を考えられます。現在の姿には当初の台座が失われている点も含まれます。
窯印・記号の確認:AK。現存部分と失われた部分を区別して観察。
代表作品
黒地のオベリスク|無印の帰属例
ca. 1700–1725

ca. 1700–1725|所蔵品番号 50.211.35
The Metropolitan Museum of Art|Gift of R. Thornton Wilson, in memory of Florence Ellsworth Wilson, 1950
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
黒い地に彩色する稀少な系統で、日本の漆器への関心と、オベリスクの造形が交わります。Metはメターレ・ポット、ランベルトゥス・ファン・エーンホールンへの帰属を示しています。比較作品や様式による帰属と、この一点に印が存在することは別です。
窯印・記号の確認:無印。別の比較作品のLVE印をこの作品の印として掲載しない。
代表作品
花鳥文の皿|1660年頃
ca. 1660

ca. 1660|所蔵品番号 30.86.3
The Metropolitan Museum of Art|Rogers Fund, 1930
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
中国磁器の区画された縁の構成を取り入れた作品です。輸入品の図柄を写すだけでなく、異なる胎土と釉で同じ視覚的効果に近づこうとする製作を考えられます。
窯印・記号の確認:本ページでは特定のデルフト窯へ割り当てていません。
代表作品
アリー・デ・ミルデの赤いティーポット
1671–1708

1671–1708|所蔵品番号 50.211.37a, b
The Metropolitan Museum of Art|Gift of R. Thornton Wilson, in memory of Florence Ellsworth Wilson, 1950
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
デルフトの製作を白い錫釉陶器だけに限定しないための比較例です。中国の宜興の茶器に学ぶ赤い器体に銀が組み合わされています。Metは素材をred earthenwareと記載しているため、本ページでは確認なしにすべてを炻器と改称しません。
窯印・記号の確認:底に楕円の押印。Metは走る狐とA R V DE MILDEの文字を記載。
デルフトの窯
デ・フリークセ・アー(ギリシャのA)|De Grieksche A
資料の見出し:1657-1818
解説・図例を読む
醸造所の建物を転用し、ランゲ・ヘール運河に立地した代表的な窯です。ファン・エーンホールン家からコックス家へ経営が継承され、窯印の頭文字が所有者をたどる手がかりになります。アドリアヌス・コックス期には多口花器などの意欲的な作品が作られました。
資料の見出しは1657–1818年ですが、本文は創設者の活動開始を1658年、独立企業としての終了を1811年とします。1818年は合併後の設備等の売却にも関係します。単一の創業・廃業年に整理せず、経営と事業の終結を分けて読む窯です。
デルフトの窯
ドリー・ポステレイネ・アストンネ(三つの樽)|Drie Posteleyne Astonne
資料の見出し:1655-1804
解説・図例を読む
1655年にランゲ・ヘールの東側で開業し、この運河沿いに集まった四つの窯の最初の一つとなりました。1667年の売却時に作成された詳細な財産目録は、設備や事業を考える資料です。
ヘリット・カムとフリークセ・アーのファウテル・ファン・エーンホールンが共同所有し、後にカム家の単独経営へ移りました。息子ピーテルの時代の作品も残り、MetにはPKの印がある1700–1705年頃の壺が収蔵されています。
デルフトの窯
デ・フェルフルデ・ブロムポット(金色の植木鉢)|De Vergulde Blompot
資料の見出し:1616-1841
解説・図例を読む
サス家の陶器事業から生まれた窯です。資料見出しは1616年開始ですが本文はコルネリス・サスが1615年に設立したとし、1年の不一致があります。1692年にはヤコブス・ペイナッカーとカスパル・コネットが持分を取得しました。
ペイナッカーは窯名を維持し、1694年にモルスラーンへ移転。18世紀末には36の持分に分割されて売却され、1841年に営業を終えます。同じ窯名でも場所と所有形態が変化した事例です。
デルフトの窯
デ・フェルフルデ・ボート(金色の船)|De Vergulde Boot
資料の見出し:1612-1770
解説・図例を読む
資料見出しは1612年開始、本文は1613年の設立を記すため、両者を留保して扱います。エフベルト・サスの死後は妻が約20年間経営し、続いてファン・ケッセル家などが所有しました。
1734年に取得したヘレナ・ユイストは、聖ルカ組合の記録では店を営む女性として登録されています。職人の名前だけでなく、商業・経営を担った女性を追うことで窯の実像が見えてきます。
デルフトの窯
デ・ポルセレイネ・ベイル(斧)|De Porceleyne Byl
資料の見出し:1657-1803
解説・図例を読む
1657年創設、ハストハイスラーン南側の窯です。1668年の防火検査では焼成窯が一基あったことが分かります。その後1803年まで、個人または夫婦が所有する形で経営されました。
斧の図像はこの窯を探す重要な手がかりですが、後世の模倣例もあります。図像だけで判定せず、器体と絵付け、作品記録を合わせて確認します。
デルフトの窯
ヒナ|China|China
資料の見出し:1654-1743
解説・図例を読む
1654年にディルク・ファン・ケッセルが開き、1685年まで同家が所有した窯です。未亡人エメレンティア・ファン・ノールデンは1660–1685年の所有者で、窯を他の経営者や息子に貸していました。
所有と日常の経営が同一とは限らない事例です。後にはファン・デル・サンデ家などへ移り、1740年の破産と売買を経て1743年に閉じました。名称にChinaとあっても中国製品を意味するわけではありません。
デルフトの窯
デ・ホラントセ・ダールダー|De Hollantse Daalder
資料の見出し:1695-1721
解説・図例を読む
1695年、マリア・ファン・デン・フェルデがランベルトゥス・ファン・エーンホールンと契約し、自宅を利用して設けた窯です。
1708年の売却計画は実現しませんでした。その後に独立して操業したかどうかは資料自体が不明としています。1721年の家屋売却で窯は終了しました。記録のない期間を、連続した操業史として補っていません。
デルフトの窯
デ・ディッセル(手斧)|De Dissel
資料の見出し:1640-1702
解説・図例を読む
1640年にモルスラーンで始まり、建物の前身である醸造所から名を得ました。敷地を広げながら複数の所有者を経て、1696年にはフリークセ・アーを所有するアドリアヌス・コックスが取得しました。
1702年にコックスの未亡人ユーディトが売却。その後の敷地は段階的に醸造所へ戻りました。窯名の存続、所有関係、土地利用の変化は別々の時系列です。
デルフトの窯
デ・エーンドラフト(団結)|De Eendracht
資料の見出し:1808-1830
解説・図例を読む
1808年、ベラールトらがモーリアーンスホーフトの旧敷地に設けた窯です。後にフリークセ・アーが合流し、窯の統合が進む時代を示しています。
資料は1816年の組合解散・売却、1818年の建物と設備の売却、後の所有者の1832年の破産を記します。見出しの1808–1830年という範囲だけで、これらの出来事を一つにまとめないようにします。
デルフトの窯
デ・ポルセレイネ・フレス(瓶)|De Porceleyne Fles
資料の見出し:1653-1876
解説・図例を読む
1653年創設の窯で、現在のRoyal Delftへつながる系譜です。1655年にはファン・エーンホールンとクレインホーフェンが共同事業を始め、技術指導・夜間の窯焚き・商人への応対などの役割が契約で定められました。
旧敷地の井戸から見つかった器群には、白一色の鉢や燭台、1673年の銘のある皿、1680年の色の試験を記す小皿などがあります。初期の窯印が知られていなくても、発掘地点と銘文が有力な資料となります。見出しの1876年は歴史的区分であり、現在まで続く会社の消滅年ではありません。
デルフトの窯
デ・ドリー・ポルセレイネ・フレシース(三つの瓶)|De Drie Porceleyne Flessies
資料の見出し:1661-1777
解説・図例を読む
1661年にコルネリス・ベイレウェトが設立。翌年には絵付師ヘンドリック・ヤンセンを雇い、上質な器の絵付けを学ぶ契約を結びました。1665年の目録には絵付工房、窯、倉庫、商品を検査・陳列する場所と、市外の水簸施設が現れます。
1764年の窯印登録に添えられた看板の水彩画によって、店頭の三つの瓶が瓢形だったことも分かります。工場の看板と器底の印の関連を考える好例です。
デルフトの窯
ト・フォルテイン(幸運)|’t Fortuyn
資料の見出し:1661-1784
解説・図例を読む
絵付師ヨリス・メスが1661年にランゲ・ヘールの家を購入し、窯を設けました。1668年には窯一基。1674年の死後は未亡人ユーディトが事業を継ぎました。
彼女が夫のIMES印を継続して使ったことは、窯印を人の没年だけで区切れない具体的な根拠です。印の頭文字が示す人物と、その印の使用者・使用期間を区別して読む必要があります。
デルフトの窯
デ・ハム|De Ham
資料の見出し:1640-1726
解説・図例を読む
1639年にフランス・ファン・オーステンが建物を購入し、醸造所・製麦所の旧名を用いて窯を開きました。1653年以後の経営者は周辺の家を買い足して敷地を拡大します。
17世紀末から18世紀初めにはエリーザベト・デ・フルフトと再婚相手が経営。1726年の売却で会社は解散しました。窯の敷地と家族による事業継承を追える事例です。
デルフトの窯
ト・ハルト(心臓)|’t Hart
資料の見出し:1678-1771
解説・図例を読む
1678年にシモン・メスが設立し、1713年以降は子どもたちが順に継ぎました。1745年に売却され、新所有者のもとで敷地が拡張されています。
資料見出しは1771年までですが、本文では1762年の売却から8年後に営業を終えたと記します。終期に1年の差があるため、1770年前後の終了という幅を残して参照します。
デルフトの窯
デ・フィール・ロメインセ・ヘルデン(四人のローマの英雄)|De Vier Romeynse Helden
資料の見出し:1581(?)-1742
解説・図例を読む
Dutch Delftwareの一覧は1581年頃か、と疑問符を付してこの窯を掲げています。英語の個別ページには実質的な解説がなく、創設者や全経営者を確定する情報は得られません。
ただしドゥッベルデ・スヘンクカンの解説では、1657年にその敷地の背後でこの窯が存在し、両敷地の境界近くに焼成窯があったことが示されています。確認できる関連史料に限って紹介します。
デルフトの窯
ヘット・ホーヘ・ハイス(高い家)|Het Hooge Huys
資料の見出し:1650-1741
解説・図例を読む
1650–1653年にサミュエル・ピレイウス・ファン・ベーレフェルトが借りた敷地で始まりました。クレフィウス、ファン・エーンホールン、デ・ウェールトなど、他の窯にも関わる人々が所有します。
夫の死後に経営を引き継いだコルネリア・ファン・デル・ヌルクの名も記録されています。最後の所有者は1721–1741年のフランシスクス・フェリエ。窯をまたぐ親族と事業の関係が特徴です。
デルフトの窯
デ・クラウ(爪)|De Klaauw
資料の見出し:1661-1840
解説・図例を読む
1661年にコールンマルクト東側、デ・パウの向かいで開業し、1668年には窯二基がありました。ファン・スホーンホーフェン姉妹による共同所有が知られます。
1702年の売却広告は、稼働中の窯、広い部屋、材料、焼成前後の器、道具をまとめて案内しています。実際の売却は1705年。1763–1806年のランベルトゥス・サンデルス期は、爪とLSの印を読む手がかりになります。
デルフトの窯
デ・ドリー・クロッケン(三つの鐘)|De Drie Klokken
資料の見出し:1670-1841
解説・図例を読む
資料見出しは1670年開始ですが本文は1671年の創設を記します。バルバラ・ロッテフェールが旧醸造所で始め、孫ピーテル・メスと、その未亡人・再婚相手へ経営が継がれました。
1784年の競売後は共同経営となり、1840年に操業をクラウ窯へ移しています。1841年の不動産取得とは別の出来事です。三つの鐘の印はこの窯を調べる代表的な図像です。
デルフトの窯
デ・ランペットカン(水差し)|De Lampetkan
資料の見出し:1609-1811
解説・図例を読む
ニーウェ・ランヘンダイクとオーステインデの角にあった窯で、ポルセレイネ・ランペットカンとも呼ばれます。1764年の登録文書では、店舗正面に水差しの看板があったことが確認できます。
当時の所有者ブロウウェル=ファン・デル・ハーヘン夫人は、自分の頭文字ではなく、窯の名称を表す文字で製品を印していると届け出ました。窯印が必ず人名の略号とは限らない例です。
デルフトの窯
ヘット・モーリアーンスホーフト|Het Moriaanshooft
資料の見出し:vóór 1658-1793
解説・図例を読む
1658年以前に始まった窯です。1690年に「旧」と「新」の二つの独立企業へ分かれ、1772年に再統合されました。
資料の本文は最終期を1772–1792年、見出しは1793年までとするため終期は留保します。同じ名称の系列でも、どちらの会社・経営期の作品かを分ける必要があります。名称は歴史上の固有名として掲載しています。
デルフトの窯
デ・ナハテハール(ナイチンゲール)|De Nagtegaal
資料の見出し:1633-1650
解説・図例を読む
1633年にコルネリス・ファン・デル・フラーフが開き、1648年以後はファン・ベーレフェルトへ貸されました。後者は続いてホーヘ・ハイスを設け、ヒナ窯も借りています。
創設者夫妻の1649年の破産と死が終結に関係し、一覧の終期は1650年です。人材が一つの窯に固定されていなかったことを示す小規模な事例です。
デルフトの窯
デ・パウ(孔雀)|De Paauw
資料の見出し:1651-1774
解説・図例を読む
1651年にコールンマルクト西側で開業。建物正面には木製の看板の代わりに、創設年と大きな孔雀が青と黒で描かれました。
1668年には窯一基でしたが、1729年と1740年の売却時には二基へ増えています。一方で窯の施工不良が焼成を妨げたとの証言もあり、生産拡大は技術的な困難を伴いました。後世の同名企業とは分けて参照します。
デルフトの窯
ヘット・ヘクローント・ポルセレイン(冠を戴く磁器)|Het Gecroond Porceleyn
資料の見出し:1645-1753
解説・図例を読む
Dutch Delftwareの窯一覧では1645–1753年の項目として掲載されています。参照した英語の個別ページは解説未記入のため、創設者・所有者・製品の特徴を確定できません。
名称にPorceleynとあっても、素材が硬質磁器であることを意味しません。本項は存在と資料上の年代範囲を示す索引項目とし、未確認の窯印や器を割り当てていません。
デルフトの窯
デ・メターレ・ポット(金属の壺)|De Metaale Pot
資料の見出し:1670-1775
解説・図例を読む
1670年にウィレム・クレフィウスが始めたランゲ・ヘールの窯です。ランベルトゥス・ファン・エーンホールンとその未亡人の時代には、白地青絵の飾壺から黒地の装飾品まで幅広い作品が作られました。
LVEという頭文字は、夫の死後も継続する経営期と合わせて読む必要があります。Metのガルニチュールは1690年頃とされる一方、説明は1691年以後の所有期に言及します。「頃」という幅を、機械的に一年の数値へ直してはいけません。
デルフトの窯
デ・ロメイン(ローマ人)|De Romeyn
資料の見出し:1606-1774
解説・図例を読む
1606年創設、アハテロムにあり、デ・ハムに隣接した窯です。17世紀には親族の継承、貸借、破産と売却を繰り返しつつ、周囲の建物を買い足しました。
17世紀末の衰退を経て18世紀初めに持ち直し、1725–1754年にはヤコブ・フーフェルヌールが経営。後継者の拡張もありましたが、1774年に建物が取り壊されました。
デルフトの窯
デ・ロース(薔薇)|De Roos
資料の見出し:1661-1858
解説・図例を読む
1661年にノールデインデ西側で開業した窯です。1662年の賃貸契約は、借主が窯・設備・水簸施設の維持を担い、製品や未焼成品も評価額で引き取ることを示します。
存在期間中に所有者は17回交代しました。1858年まで続き、Metには1727–1755年頃の皿が収蔵されています。薔薇の図像やRoosの文字は、年代・器形と合わせて確認します。
デルフトの窯
ルーアン|Rouaan|Rouaan
資料の見出し:1605-1742
解説・図例を読む
1605年に始まったオーステインデの窯で、Rouaanの名を用いたのは1700年以後です。フランスの都市ルーアンで作られた器と、名称だけで混同しないようにします。
創業家からファン・フェーン家へ移り、1714–1735年のヤン・スホーンヤンの時代にはヘット・ラーヘ・ハイスへ改称しました。窯名の変更を知らずに検索すると、同じ事業の記録を見落とすことがあります。
デルフトの窯
デ・トウェー・スヘープイェス(二隻の小舟)|De Twee Scheepjes
資料の見出し:1619-1794
解説・図例を読む
モルスラーン南側の窯です。1707–1725年のヤン・ハール、続く未亡人とヘンドリック・ファン・デン・フェルデの時期を経て、1750年からヤン・ペニスが経営しました。
息子アントニーは1764年に正式に継承し、同年にAP印を登録しました。その届出では建物に看板も銘板もないとしています。印の登録と店頭表示が必ず対応するわけではありません。
デルフトの窯
デ・ドゥッベルデ・スヘンクカン(二重の注器)|De Dubbelde Schenkkan
資料の見出し:1660-1770
解説・図例を読む
旧醸造所の敷地にあった家から発展した窯です。1657年の所有者は背後のフィール・ロメインセ・ヘルデン窯も所有していました。
1660年の売買文書は家と中庭を記し、1661年の文書では陶器工場として現れます。この違いは、最初の不動産取引をそのまま確定した操業開始日とみなせないことを示します。
デルフトの窯
デ・ポルセレイネ・スホーテル(皿)|De Porceleyne Schotel
資料の見出し:1598-1791
解説・図例を読む
16世紀末に始まった、モルスラーン南側の窯です。1668年の防火検査で三基の焼成窯が確認され、同検査に登場する工場の中で三基を備える唯一の窯でした。
窯の基数は生産規模を比較する手がかりになりますが、そこから年間の製品点数を直接計算することはできません。稼働頻度・窯詰め・不良品率などの別資料が必要です。
デルフトの窯
デ・ヴィッテ・ステル(白い星)|De Witte Ster
資料の見出し:1660-1804
解説・図例を読む
1660年に旧醸造所の一部で設立され、デ・スターなどの別名も持ちます。1668年には窯二基が確認されています。
星の標章は少なくとも1700年から使われ、1764年またはそれ以後の届出で登録されました。星だけの印と所有者の頭文字を合わせた印があります。登録年と使用開始年が同じとは限らないことを示す窯です。
デルフトの窯
デ・ヘクローンデ・テーポット(冠のティーポット)|De Gecroonde Theepot
資料の見出し:1692-1724
解説・図例を読む
アリー・デ・ミルデが1687年に親方となり、その4年後に開いたと本文は記しますが、見出しの開始年は1692年です。開業前後に1年の幅を残して扱います。
デ・ミルデの死後は娘エリーザベトと夫ウィレム・ラルデインが経営。娘が1724年にロッテルダムへ移り、窯を閉じました。ティーポットの名称だけで器の素材・釉の種類を一律に判断しません。
デルフトの窯
デ・ヴィルデマンスプールト|De Wildemanspoort
資料の見出し:1661-1788
解説・図例を読む
Dutch Delftwareの一覧では1661–1788年の窯として掲げられていますが、参照した英語個別ページに実質的な解説はありません。
本項は資料への入口です。所有者、製品の種類、窯印の帰属を裏づける記録が確認できるまでは、他窯の作品を代表画像として割り当てていません。
歴史・用途・地域
デルフト陶器とは何か——産地名と様式名
解説・図例を読む
デルフト陶器の中心は、オランダのデルフトで発展した錫釉陶器です。粘土の胎土を焼き、錫の酸化物で不透明にした白い釉を掛けることで、明るい絵付けの背景を作りました。磁器の白さを求めながら、磁器とは異なる素材の組合せを使った点が重要です。
一方、英語のdelftwareはデルフト市以外の錫釉陶器にも使われます。オランダのタイルをすべてデルフト市製とすることも、青白の器をすべてデルフト陶器とすることもできません。本ページでは都市の窯史と、オランダ各地の製作技術の研究を区別します。
材質・製作技法
陶器・磁器・クリームウェアを区別する
解説・図例を読む
歴史的な錫釉陶器は、淡黄色、淡紅色、ベージュなどの胎土の上に白い釉を持ちます。器の表面だけを見ると白くても、その白さが胎土自体に由来するとは限りません。既存の欠けや露出部分は、層を観察する手がかりです。
磁器との区別は絵柄ではなく器体の性質から始めます。クリームウェアは淡色の素地と透明な釉によって見え方を作り、錫で白く不透明にした釉とは仕組みが異なります。重さや音を一つだけ取り出して鑑定するのではなく、胎土・釉・成形・装飾を合わせて考えます。
材質・製作技法
白い層は「白化粧土」なのか
解説・図例を読む
典型的なデルフト錫釉陶器の白い表面は、鉛・アルカリ・珪酸を含むガラス質の中に酸化錫の結晶が分散した不透明釉です。白い層を見て、直ちに白い粘土を塗った化粧土、すなわちエンゴーベと呼ぶのは適切ではありません。
白化粧土を掛けた赤い陶器や床タイルも存在しますが、その構成をすべての錫釉陶器へ移すことはできません。さらに透明釉を上掛けした例もあり、「胎土・白い粘土・透明釉」という固定した三層構造で説明すると、素材を取り違えます。
厳密な識別には断面の顕微鏡観察や元素分析が役立ちます。写真の白い帯だけでは、それが錫を含む釉なのか、別の粘土層なのかを確定できない場合があります。観察のために新しい欠けを作らず、既存の露出部と保存科学の検査を利用します。
研究・観察・資料
錫が偏った層と、化粧土の層は別の問題
解説・図例を読む
博士論文が比較例として扱うイズニク釉の再現実験では、条件によって酸化錫が界面側に偏る現象が論じられます。これはガラス質と結晶の分布の問題であり、白い粘土を塗ったことを意味しません。
しかも比較対象の実験を、そのままデルフト市の全製品の構造の証明にはできません。原料、事前のフリット化、焼成条件によって結果が変わります。白い部分を一括して「スリップ」と訳すと、化粧土と結晶の集まる層、さらには成形用の泥漿まで混同するため、何の物質を指しているか確認が必要です。
材質・製作技法
胎土の原料——地元の粘土だけではない
解説・図例を読む
オランダの錫釉タイルの史料には、地元の河川・沿岸の粘土に加え、トゥルネーやイングランドのノーフォークなどから得た石灰質の材料が現れます。完成品は地域の仕事ですが、その原料供給は広域の輸送網に支えられていました。
原料名は現代の純粋な化学物質名とは限りません。採取地や商業上の呼称が同じでも組成は変わり得ます。原料の不足、輸送、契約や訴訟の記録は、配合が変化した理由を考える資料になります。
材質・製作技法
石灰は胎土に何をしたのか
解説・図例を読む
論文は、17世紀のタイル胎土で石灰質材料が重要になった過程を検討しています。配合は色、焼結、気孔、釉との反応など複数の性質に関係します。単に白くする材料と説明するだけでは不十分です。
原料中の炭酸カルシウムの割合と、焼成後の分析で示す酸化カルシウム換算の割合は同じ数値ではありません。また、使用後に付着したモルタルの影響にも注意が必要です。成分表の数字を比較する際には、試料採取位置、分析対象、表示方法をそろえます。
再現試料では石灰量と強度の関係を一義的に結論できませんでした。気孔や石英粒子などの影響があるため、「石灰が多いほど丈夫」という規則にはできません。
研究・観察・資料
胎土の色から焼成年代や温度は分かるか
解説・図例を読む
胎土の色は原料だけでなく、酸化・還元の雰囲気や焼成条件にも左右されます。論文の再現実験では、異なる条件で似た淡色の胎土が得られました。色が似ていることは、同じ窯・配合・年代の証明にはなりません。
「黄色い胎土だから何年以前」「赤い部分があるから偽物」といった単独の判定は避けます。断面の不均質、釉との境界、器形、装飾、発掘状況などを合わせ、比較対象と条件がどこまで一致するか検討します。
材質・製作技法
水簸と調合——均一な粘土を作る
解説・図例を読む
粘土を水に分散して不要な粒子を除き、混ぜ合わせる水簸は、胎土を均一にする工程です。史料と試料の観察は、17世紀前半の不均一な混合から、より均質な材料への変化を考える手がかりになります。
ただし、ある史料の導入年を全都市・全工房の一斉転換年にはできません。水簸施設を工場外に持つ例もあり、原料処理から成形までが必ず一棟に収まったわけではありません。技術史を窯の内部だけで完結させない視点が必要です。
材質・製作技法
タイルはどう成形されたか
解説・図例を読む
粘土を枠の中で延ばし、乾燥の進み具合を見ながら切りそろえる方法が使われました。革のような硬さになった段階で重ねて整え、木製の型板を当てて正方形に切る工程が史料に現れます。
型板を留める二本、三本、四本の釘は、隅に小さな穴を残すことがあります。側面の斜めの切り口は施工時の目地に関係し、必ずしも後世の欠損ではありません。形の特徴は製作動作を読み取る手がかりです。
窯印辞典
ピン穴と厚さを年代判定に使うとき
解説・図例を読む
タイルの隅のピン穴は成形用の型板の痕跡で、器底の窯印とは別の情報です。穴の数だけから特定の窯を断定することはできません。穴が釉や絵付けに覆われているか、後から開いた傷かも観察します。
タイルが長期的に薄くなる傾向は、材料、窯詰め、運搬の効率と関係して考えられます。しかし厚さは地域・製品・用途によっても変わり、年号を読む目盛りではありません。残存するモルタルを厚さに含めた測定は、器体の比較を妨げます。
材質・製作技法
皿・壺とタイルで配合が違う理由
解説・図例を読む
ろくろで引く器と、平たく成形するタイルでは、粘土に求める可塑性や作業性が異なります。ハルリンゲンの史料には、器物用の配合へ有機物に富む「黒い粘土」を加える例があり、成形性との関係が考察されています。
したがってタイルの分析値を、そのままデルフトの大きな花器の配合として紹介することはできません。器形と材料は別々の話ではなく、粘土をどのように動かし、接合し、乾燥させるかという製作上の要求で結び付いています。
材質・製作技法
素焼き——釉を掛ける前の焼成
解説・図例を読む
素焼きは成形した胎土を扱える強さにし、釉の水分で崩れにくくする工程です。原料中の物質の分解で生じる気体を、釉が表面を覆う前に逃がす意味もあります。
素焼き表面のほこりは釉の付着を妨げます。胎土の吸水性や釉を掛ける速さは釉層の厚さに影響するため、同じ配合でも同じ仕上がりになるとは限りません。20世紀の工房で記録された湿らせ方などを、検証なしに17世紀へさかのぼらせないことも大切です。
材質・製作技法
ティナス・マスティコット・ウィット
解説・図例を読む
ティナス(tinas)は鉛と錫を一緒に酸化させて得る原料で、単なる金属錫の粉を器に塗るという意味ではありません。マスティコット(masticot)は、この釉製作の文脈では砂とアルカリから作るフリットを指します。鉱物名massicotだけを調べて酸化鉛と決めつけると、歴史的レシピの読みを誤ります。
ウィット(wit)は白釉に関わる語です。原料を加熱してフリット化し、粉砕して水に分散させる段階が重要でした。史料の語を現代薬品名へ一対一で置き換えるだけでは、実際の製法は再現できません。
材質・製作技法
なぜ原料を一度溶かして粉砕するのか
解説・図例を読む
フリット化は原料をガラス状にまとめる工程です。水に溶けやすい成分をそのまま使う場合の扱いにくさを減らし、成分を混ぜ、釉を掛けるための粉末にします。粉砕の細かさや混合の仕方も結果を左右します。
再現実験で現代の酸化鉛・酸化錫の粉を用いる方法は、鉛と錫を一緒に焼いて酸化物を作る歴史的な工程と同一ではありません。出発物質や粒子の分散が違えば、同じ元素比でも見え方に差が生じ得ます。
材質・製作技法
植物灰とアルカリ——「ソーダ」は一定ではない
解説・図例を読む
釉の融剤となるアルカリは植物灰などから得られました。史料にはスペイン系のバリラや、イギリス系の海藻灰が現れます。供給源の変化は価格だけでなく釉の組成にも関係します。
これらは現代の純粋な炭酸ナトリウムではなく、ナトリウム、カリウムその他の成分の混合物です。同じ呼び名の原料でも品質は変わり得るため、史料上の重量比が同じであることと、最終的な釉の化学組成が同じであることは別です。
研究・観察・資料
錫が多ければ白く、美しいのか
解説・図例を読む
酸化錫は光を散乱して釉を白く見せますが、白さは量だけでは決まりません。粒子の大きさと分散、釉への溶け込み、残る石英粒子、ガラス相の組成も影響します。高価な錫を増やしたことを、そのまま仕上がりの優秀さと同一視できません。
論文の実験ではアルカリや塩類の違いによって、見え方が変化しました。結晶が多い白い釉は、同時に光沢が弱くなる場合があります。材料の割合と、白さ・つや・絵付けの鮮明さを分けて評価する必要があります。
材質・製作技法
クワールト——透明な上掛け釉の役割
解説・図例を読む
クワールト(kwaart/kwaert)は透明な鉛釉の上掛けを指す歴史的な語です。錫釉の上へ加えることで光沢に関係しますが、すべてのデルフト陶器・タイルに必ずある層ではありません。
論文では、17世紀半ばに向けたタイルでの使用の変化や、別種の装飾タイルでの継続が検討されます。上掛けによって絵具が流れやすくなる問題も史料に現れます。透明釉があることだけで、時代や高級・廉価を一律に分けることはできません。
材質・製作技法
吸水する白釉の上に描く
解説・図例を読む
未焼成の白釉は焼き上がった器の滑らかな表面とは異なり、絵具の水分を受け入れます。絵付けは筆の運び、濃淡、輪郭を事前に組み立てる仕事でした。焼成後に見える青の幅は、顔料だけでなく釉と焼成の相互作用にも関係します。
技法を観察するときは、輪郭線と濃淡、にじみ、文様の反復を分けて見ます。転写や型紙の使用があっても、その後の手作業まで消えるわけではありません。製作工程の共通性と、一点ごとの筆の違いを両方読むことができます。
材質・製作技法
窯詰めと焼成痕——欠点にも製作情報がある
解説・図例を読む
器を窯の中で支持し、他の器と接触し過ぎないようにする工程は、仕上がりに痕跡を残します。支持具の接点、釉の流れ、付着物などは、焼成時の状態を考える材料です。
歴史的な薪窯では、温度と雰囲気が全体で完全に均一になるとは限りません。焼成不良、再焼成、二級品の扱いも生産史に含まれます。小さな欠点があるから直ちに古い、または新しいという判定は成立しません。
歴史・用途・地域
職人・経営者・未亡人——誰が窯を動かしたか
解説・図例を読む
原料の処理、成形、絵付け、釉の準備、窯焚き、販売は異なる技能と労働を必要とします。文書に名前が残る所有者が、すべての器を自分で描いたわけではありません。窯印を個人作家の署名としてだけ読むと、組織的な製作を見失います。
組合制度の下でも、未亡人が事業を続ける道がありました。家族による知識と資本の継承は、経営者の交代と印の継続を理解するうえで重要です。本ページの窯印では、夫の時代と未亡人の時代を可能な限り一緒に示しています。
歴史・用途・地域
なぜ室内にタイルを張ったのか
解説・図例を読む
壁面や暖炉を覆うタイルは、絵を見るためだけのものではありません。明るい表面が室内の光を受け、すすなどを拭きやすくし、壁の下部を日常の汚れから守りました。台所や暖炉、腰壁など、置かれた場所と機能を合わせて考えます。
白い釉の清潔感を、現代的な完全防水構造と同一視するのは避けます。陶器の胎土、目地、壁、残存モルタルは別の性質を持ちます。美術館で一枚ずつ展示されるタイルにも、建築の一部だった履歴があります。
歴史・用途・地域
デルフト以外のオランダのタイル産地
解説・図例を読む
2022年博士論文の分析試料は、ロッテルダム、ハルリンゲン、ユトレヒトのタイルを含みます。これはデルフト市だけでオランダのタイル史を説明できないことを示します。材料や技法の共通点を探す一方で、地域と年代の違いを残す必要があります。
白い星の印に関係する資料には、デルフトのコルネリス・ブラウウェルとロッテルダムのヤン・アルミスが一緒に現れます。窯名の辞典を都市ごとに閉じるだけでは、製作・流通上の結び付きを見落とす場合があります。
研究・観察・資料
再現実験は何を証明できるか
解説・図例を読む
博士論文は史料の解釈、実物の分析、レシピの再現を組み合わせています。実験は「この条件でこの結果が生じる」ことを示せますが、それだけで歴史上の職人が必ず同じ操作をしたことにはなりません。
現在入手できる原料、電気炉などの焼成環境、試料の大きさは、当時の原料と薪窯の仕事に完全には一致しません。史料の語義の曖昧さも残ります。三つの方法が一致する点と、なお一致しない点を分けることが研究の強みです。
研究・観察・資料
44点のタイルから言える範囲
解説・図例を読む
論文の材料分析は、1600–1750年に関係する44点のタイルを対象にします。試料数が明示されているため、どの地域・年代・種類が含まれるかを検討できます。顕微鏡観察、色の測定、SEM-EDX、X線回折などは、それぞれ異なる情報を与えます。
これは全オランダのすべての製品を平均した値ではありません。器形の異なる皿・壺や、別の都市の窯へ説明を広げる場合は追加の根拠が必要です。「デルフト陶器は必ずこの配合」という一般化を避けるため、本ページではタイル研究に由来する説明を明示しています。
研究・観察・資料
タイルは皿より低級な釉だったのか
解説・図例を読む
史料には「普通」と「非常に白い」など、異なる釉の選択肢が併存します。ある製品群の平均値だけで、すべてのタイルを廉価で低品質なものとみなすことはできません。用途と注文に応じた複数の品質があり得ます。
釉の原料費において錫が重要であったことは、節約の動機を考える助けになります。しかし材料の価格、配合、白さ、光沢、焼成の成功率はそれぞれ別の指標です。「安価な材料が含まれる」ことだけで芸術的価値まで結論しないようにします。
研究・観察・資料
古い製作痕と、使用後の劣化を分ける
解説・図例を読む
釉の剥離、ひび、縁の欠けには、製作時に由来するものと使用・埋蔵・保管の間に生じたものがあります。タイルでは付着モルタルや塩類の影響も考慮されます。外観の似た損傷でも原因が同じとは限りません。
収集品は正面・裏面・側面、寸法、既存の傷、購入時の説明を記録しておくと比較しやすくなります。白さを回復させるための強い洗浄、釉の下を確かめる削り取り、自己判断の脱塩は、研究情報や表面を失わせるおそれがあります。保存処置が必要な場合は陶磁器の保存修復専門家に相談します。
研究・観察・資料
2024年公開論文——39件の歴史的な白釉レシピ
解説・図例を読む
Van Iperenほかの論文は、17–18世紀の白い錫釉について39件の年代付きレシピを比較する研究です。公開要旨では、錫の割合が特に高い時期を1680–1720年頃とし、原料の品質など配合以外の要因も検討すべきことが示されています。
本項はアムステルダム大学が公開する要旨の参照に限ります。出版社の全文は取得できていないため、本文の表・詳細な計算・個別実験を読んだものとして紹介していません。オンライン公開は2024年、巻号による刊行は2025年で、二つの年は矛盾ではありません。
窯印辞典
窯印辞典の読み方——印だけで年代を決めない
解説・図例を読む
本辞典は、文字の読み、窯、関係する経営者の期間を整理したものです。表示する年は原資料の経営期を含み、その印の使用開始・終了を必ず証明するものではありません。工場の存続期間だけが知られる項目には、その旨を記します。
同じ頭文字が別の窯に属する場合、未亡人が先代の印を継ぐ場合、後世に古い印を写す場合があります。窯名、印の形、筆跡、色、位置、胎土、器形、絵付けを組み合わせて調べます。無印は贋作を意味せず、印があることも真正性の保証ではありません。
作品に書かれた数字には型番・装飾や作業の管理に関係するもの、所蔵者の記号、後から貼られたラベルがあります。記念文の年も、出来事の年と焼成年が同じとは限りません。写真と記録番号を残し、どの数字を何と判断したかを分けて記載します。
窯印辞典
3 ASTONNE / 3VH / HVH|三つの樽
1759–1804
解説・図例を読む
窯・署名の区分:三つの樽。
関係する人物:ヘンドリック・ファン・ホールン。
同じ所有者に結び付く複数の読みがある。
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窯印辞典
A|フリークセ・アー
1768–1796
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フリークセ・アー。
関係する人物:ヤン・ファン・デン・ブリール。
1769年の登録と経営開始年を区別する。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
AIH|フリークセ・アー
1765–1768
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フリークセ・アー。
関係する人物:ヤコブス・ハルダー・アドリアーンスゾーン。
字形をAIKと混同しない。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
AIK(Iの上に点)|フリークセ・アー
1722–1757
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フリークセ・アー。
関係する人物:ヤコブ・ファン・デル・コール。
Iの上の点も照合する。
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窯印辞典
AJVDB / IVDB|フリークセ・アー
1768–1796
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フリークセ・アー。
関係する人物:ヤン・ファン・デン・ブリール。
読みの異なる関連する頭文字を収録。
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窯印辞典
AK|フリークセ・アー
1687–1701
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フリークセ・アー。
関係する人物:アドリアヌス・コックス。
白い星のAKと区別する。後世の模倣も知られる。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
APK / APK-MVW|フリークセ・アー
1701–1722
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フリークセ・アー。
関係する人物:ピーテル・コックスと、その後の未亡人。
APKだけで夫の存命中の作品に限定できない。
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窯印辞典
APVMV|フリークセ・アー
1796–1811
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フリークセ・アー。
関係する人物:ピーテル・ヤンスゾーン・ファン・マルクスフェルト。
窯の後期の経営に関係する。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
AR|フリークセ・アー
1701–1735、または1713–1735
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フリークセ・アー。
関係する人物:アドリアーン・ファン・ライセルベルフ。
参照資料の期間に幅があり、開始年を確定しない。模倣例がある。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
D DEXTRA / DEX / ITD|フリークセ・アー
1757–1765
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フリークセ・アー。
関係する人物:ヤン・テウニス・デクストラ。
ZDEXのザハリアス・デクストラと区別する。
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窯印辞典
SVE|フリークセ・アー
1678–1686
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フリークセ・アー。
関係する人物:サミュエル・ファン・エーンホールン。
名前の似たランベルトゥスのLVEとは別の窯に関係する。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
AP|二隻の小舟
1750–1770/1770–1782(印辞典の記載)
解説・図例を読む
窯・署名の区分:二隻の小舟。
関係する人物:アントニー・ペニス、続いて未亡人ペニス=オーフェルハウ。
窯史本文は父ヤンから息子への正式継承を1764年とする。資料間の区分差を残す。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
IG|二隻の小舟
1707–1725/1725–1727
解説・図例を読む
窯・署名の区分:二隻の小舟。
関係する人物:ヤン・ハール、続いて未亡人。
夫の死後にも続く経営期を含む。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
CBS|若いムーア人の頭
1764–1772
解説・図例を読む
窯・署名の区分:若いムーア人の頭。
関係する人物:コルネリス・ブルセット。
窯名が似たモーリアーンスホーフトとは区別する。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
LVD|若いムーア人の頭
1692–1726?
解説・図例を読む
窯・署名の区分:若いムーア人の頭。
関係する人物:リーフェ・ファン・ダーレン。
終了年の疑問符を残す。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
CK|メターレ・ポット
1724–1757
解説・図例を読む
窯・署名の区分:メターレ・ポット。
関係する人物:コルネリス・コッペンス。
前後の所有者の印と器の様式を照合する。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
LC|メターレ・ポット
1679–1691
解説・図例を読む
窯・署名の区分:メターレ・ポット。
関係する人物:ランベルトゥス・クレフィウス。
同じ窯のLVEと人物を取り違えない。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
LVE|メターレ・ポット
1691–1724
解説・図例を読む
窯・署名の区分:メターレ・ポット。
関係する人物:ランベルトゥス・ファン・エーンホールンと、その後の未亡人。
ランベルトゥスの死は1721年。1724年まで本人が生きていたという意味ではない。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
MP|メターレ・ポット
1756–1771/1775
解説・図例を読む
窯・署名の区分:メターレ・ポット。
関係する人物:ピーテル・パレー。
資料の終期の揺れを保留する。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
D PAUW|孔雀
1651–1774(窯の範囲)
解説・図例を読む
窯・署名の区分:孔雀。
関係する人物:窯名による印。
この全期間に同じ印を使った証明ではない。後世の模倣例がある。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
DVDD|薔薇
1755–1770
解説・図例を読む
窯・署名の区分:薔薇。
関係する人物:ディルク・ファン・デル・ドゥース。
薔薇の図像とともに経営者の頭文字を調べる。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
Rと点の菱形|薔薇
1700–1725(資料の使用期)
解説・図例を読む
窯・署名の区分:薔薇。
関係する人物:窯名に関係する印。
Rを囲む四組の点の構成も照合する。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
ROOS|薔薇
1685–1727(印辞典の記載)
解説・図例を読む
窯・署名の区分:薔薇。
関係する人物:窯名による文字印。
MetのROOS印の皿は1727–1755年頃。辞典の範囲を全作品に機械的に適用しない。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
薔薇の図像|薔薇
1750–1775(印辞典の記載)
解説・図例を読む
窯・署名の区分:薔薇。
関係する人物:ディルク・ファン・デル・ドゥースの登録に関連。
1764年の登録と区別して読む。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
FORTUYN|フォルテイン
1771–1784
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フォルテイン。
関係する人物:ヨハネス・ヘルマヌス・フレルキングト。
窯名そのものを用いる文字印。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
IHF|フォルテイン
使用期未確定
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フォルテイン。
関係する人物:参照頁に期間の明記なし。
頭文字だけから本ページで年を補っていない。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
IMES|フォルテイン
1661–1674/1674–1691
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フォルテイン。
関係する人物:ヨリス・メス、続いて未亡人。
未亡人が同じ印を継続使用した事例。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
VB|フォルテイン
1753–1759/1759–1771
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フォルテイン。
関係する人物:ペーテル・ファン・デン・ブリール、続いて未亡人。
同じ家名の別窯の経営者と混同しない。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
WVDB|フォルテイン
1759–1771
解説・図例を読む
窯・署名の区分:フォルテイン。
関係する人物:未亡人ファン・デン・ブリール=エリング。
女性による経営期に関係する印。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
F. V. FRYTOM|絵付師の署名
1632年頃–1702(生没年)
解説・図例を読む
窯・署名の区分:絵付師の署名。
関係する人物:フレデリック・ファン・フライトム。
工場印ではない。生没年を印の使用期間に置き換えない。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
GK|三つの樽
1679–1700の所有期に関連
解説・図例を読む
窯・署名の区分:三つの樽。
関係する人物:ヘリット・カム。
資料はそれ以前の共同所有にも言及するため、単純な開始年としない。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
PK|三つの樽
1700–1705/1705–1716
解説・図例を読む
窯・署名の区分:三つの樽。
関係する人物:ピーテル・カム、続いて未亡人。
Metの壺は1700–1705年頃とされるが、印全体の範囲はそれに限らない。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
ZDEX|三つの樽
1722–1759
解説・図例を読む
窯・署名の区分:三つの樽。
関係する人物:ザハリアス・デクストラ。
フリークセ・アーのDEXとは別の経営者。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
HB|三つの瓶
1761–1777
解説・図例を読む
窯・署名の区分:三つの瓶。
関係する人物:フーホ・ブラウウェル。
似た姓の経営者が複数の窯にいることに注意。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
WK|三つの瓶
1702–1716/1717–1745
解説・図例を読む
窯・署名の区分:三つの瓶。
関係する人物:ウィレム・ファン・デル・コール、続いて未亡人。
記載のない間の一年を推測で補わない。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
IB|斧
1739–1775/1775–1785
解説・図例を読む
窯・署名の区分:斧。
関係する人物:ユストゥス・ブラウウェル、続いて未亡人。
工場の斧の図像と文字印を併せて調べる。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
斧の図像|斧
1657–1803(窯の範囲)
解説・図例を読む
窯・署名の区分:斧。
関係する人物:窯名による標章。
後世の模倣もある。斧が見えることだけでは18世紀の証明にならない。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
IP|皿
1724–1764
解説・図例を読む
窯・署名の区分:皿。
関係する人物:ヤン・ペニス。
二隻の小舟のAPとは印と経営を区別する。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
IVDUIJN|皿
1764–1772/1772–1773
解説・図例を読む
窯・署名の区分:皿。
関係する人物:ヨハネス・ファン・ダイン、続いて未亡人。
19–20世紀の模倣例がある。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
YVDUIJN|皿
1773–1791
解説・図例を読む
窯・署名の区分:皿。
関係する人物:エイスブラント・ファン・ダイン。
IVDUIJNと先頭の読みを区別する。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
IVL|爪
1713–1740
解説・図例を読む
窯・署名の区分:爪。
関係する人物:ヨハネス・ファン・ロックホルストとマルハレータ。
爪の図像だけの印とは別に文字を照合する。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
爪の図像|爪
1661–1840(窯の範囲)
解説・図例を読む
窯・署名の区分:爪。
関係する人物:窯名による標章。
図像の全使用期間を意味しない。後世の模倣例もある。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
爪+LS|爪
1763–1806
解説・図例を読む
窯・署名の区分:爪。
関係する人物:サンデルス。
文字を伴う組合せとして調べる。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
IW|ムーア人の頭
所有1661–1686/印は1680–1686年頃
解説・図例を読む
窯・署名の区分:ムーア人の頭。
関係する人物:ヤコブ・ウェンメルスゾーン・ホッペステイン。
所有期間と使用期を分けて記載する。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
RHIS|ムーア人の頭
1690–1692
解説・図例を読む
窯・署名の区分:ムーア人の頭。
関係する人物:ロフス・ホッペステイン。
類似する窯名・家名を区別する。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
LPK / LPKAN|ランペットカン
1609–1811(窯の範囲)
解説・図例を読む
窯・署名の区分:ランペットカン。
関係する人物:窯名に関連する文字印。
この全期間での使用を意味しない。
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窯印辞典
LV|二重の注器
1688–1715
解説・図例を読む
窯・署名の区分:二重の注器。
関係する人物:ルイ・ヴィクトル。
LVEと文字数を確認する。
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出典・所蔵品記録
窯印辞典
PICCARD DELFT|瓶
1804–1849/1849–1876
解説・図例を読む
窯・署名の区分:瓶。
関係する人物:ヘンリクス・アルノルドゥス・ピッカード、続いてヘールトライダ。
19世紀の歴史的な経営に関係する。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
星の図像|白い星
1660–1804(窯の範囲)
解説・図例を読む
窯・署名の区分:白い星。
関係する人物:窯名による標章。
星だけと所有者の文字を伴う印を区別する。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
星+AK|白い星
1762–1774
解説・図例を読む
窯・署名の区分:白い星。
関係する人物:アルベルトゥス・キール。
フリークセ・アーのAK(1687–1701)とは別。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
星+CB|白い星
1724–1738
解説・図例を読む
窯・署名の区分:白い星。
関係する人物:コルネリス・ブラウウェル。
星の有無と組合せを確認する。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
星+CBとIA|白い星/ロッテルダムのブロムポット
1724–1738に関連
解説・図例を読む
窯・署名の区分:白い星/ロッテルダムのブロムポット。
関係する人物:コルネリス・ブラウウェルとヤン・アルミス。
デルフトとロッテルダムをまたぐ関連が記される。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
星+DVDB|白い星
1776–1793
解説・図例を読む
窯・署名の区分:白い星。
関係する人物:ディルク・ファン・デン・ベルフ。
薔薇のDVDDとは末尾を区別する。
この文字列は検索用の読みです。筆跡・字の組合せ・色はリンク先の資料で照合してください。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
三つの鐘|ドリー・クロッケン
窯の存続範囲と、印の年代を区別
解説・図例を読む
窯名に由来する三つの鐘の標章です。工場の見出しの1670–1841年を、この印の全使用期間と解釈しないようにします。19–20世紀の模倣例も記録され、鐘の数が一致するだけでは製作地を確定できません。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
後世の模倣印——8種の比較資料
解説・図例を読む
古いデルフトの印を写した後世の製品が知られます。ここでいう模倣例は、特定の図版・作品の分類です。同じ文字や図像を持つすべての器が偽物という意味ではありません。
照合する際は、印だけを切り離した画像でなく、器の全体、裏面、胎土、文様、所蔵機関による年代を一組で見ます。古い頭文字の存在によって新しい器形の年代を繰り上げないことが重要です。
- AK:資料に掲載された模倣例を見る
- APK:資料に掲載された模倣例を見る
- AR:資料に掲載された模倣例を見る
- D PAUW:資料に掲載された模倣例を見る
- IVDUIJN:資料に掲載された模倣例を見る
- 斧:資料に掲載された模倣例を見る
- 爪:資料に掲載された模倣例を見る
- 三つの鐘:資料に掲載された模倣例を見る
窯印辞典
近代の瓶+JT印と、歴史的な錫釉陶器
1879年以後の印体系
解説・図例を読む
ヨースト・トーフトは1876年にデ・ポルセレイネ・フレスを取得しました。瓶とJTを組み合わせる印は1879年以降の記録に関係し、本人の所有が1884年までだったことを、その印の終了年とすることはできません。
近代の復興では、白く焼ける素地と透明釉を用いる製法が歴史的な錫釉の構成と異なります。白さがどの層から来るのかを確認します。また、成形に用いる泥漿(スリップ)という語と、器の表面へ塗る化粧土は別の話です。
年記号はこの工場の体系です。他社のDelft表記のある製品や17–18世紀の器へ適用できません。日付コードだけで真贋を確定せず、工場印と記録を合わせて調べます。
出典・所蔵品記録
窯印辞典
Royal Delft 年記号一覧|1879–2026
解説・図例を読む
資料掲載の対応を転記した検索表です。途中の欠番を含むため、アルファベットから単純計算せず実際の一覧で照合します。工場の年代コードと、所蔵者の番号や絵付けの管理番号を区別してください。
| 西暦 | 年記号 | 西暦 | 年記号 |
|---|---|---|---|
| 1879 | A | 1880 | B |
| 1881 | C | 1882 | D |
| 1883 | E | 1884 | F |
| 1885 | G | 1886 | H |
| 1887 | I | 1888 | J |
| 1889 | K | 1890 | L |
| 1891 | M | 1892 | N |
| 1893 | O | 1894 | P |
| 1895 | Q | 1896 | R |
| 1897 | S | 1898 | T |
| 1899 | U | 1900 | V |
| 1901 | W | 1902 | X |
| 1903 | Y | 1904 | Z |
| 1905 | AA | 1906 | AB |
| 1907 | AC | 1908 | AD |
| 1909 | AE | 1910 | AF |
| 1911 | AG | 1912 | AH |
| 1913 | AI | 1914 | AJ |
| 1915 | AK | 1916 | AL |
| 1917 | AM | 1918 | AN |
| 1919 | AO | 1920 | AP |
| 1921 | AQ | 1922 | AR |
| 1923 | AS | 1924 | AT |
| 1925 | AU | 1926 | AV |
| 1927 | AW | 1928 | AX |
| 1929 | AY | 1930 | AZ |
| 1931 | BA | 1932 | BB |
| 1933 | BC | 1934 | BD |
| 1935 | BE | 1936 | BF |
| 1937 | BG | 1938 | BH |
| 1939 | BI | 1940 | BJ |
| 1941 | BK | 1942 | BL |
| 1943 | BM | 1944 | BN |
| 1945 | BO | 1946 | BP |
| 1947 | BR | 1948 | BS |
| 1949 | BT | 1950 | BU |
| 1951 | BV | 1952 | BW |
| 1953 | BX | 1954 | BY |
| 1955 | BZ | 1956 | CA |
| 1957 | CB | 1958 | CC |
| 1959 | CD | 1960 | CE |
| 1961 | CF | 1962 | CG |
| 1963 | CH | 1964 | CI |
| 1965 | CJ | 1966 | CK |
| 1967 | CL | 1968 | CM |
| 1969 | CN | 1970 | CO |
| 1971 | CP | 1972 | CR |
| 1973 | CS | 1974 | CT |
| 1975 | CU | 1976 | CV |
| 1977 | CW | 1978 | CX |
| 1979 | CY | 1980 | CZ |
| 1981 | DA | 1982 | DB |
| 1983 | DC | 1984 | DD |
| 1985 | DE | 1986 | DF |
| 1987 | DG | 1988 | DH |
| 1989 | DI | 1990 | DJ |
| 1991 | DK | 1992 | DL |
| 1993 | DM | 1994 | DN |
| 1995 | DO | 1996 | DP |
| 1997 | DR | 1998 | DS |
| 1999 | DT | 2000 | DU |
| 2001 | DV | 2002 | DW |
| 2003 | DX | 2004 | DY |
| 2005 | DZ | 2006 | EA |
| 2007 | EB | 2008 | EC |
| 2009 | ED | 2010 | EE |
| 2011 | EF | 2012 | EG |
| 2013 | EH | 2014 | EI |
| 2015 | EJ | 2016 | EK |
| 2017 | EL | 2018 | EM |
| 2019 | EN | 2020 | EO |
| 2021 | EP | 2022 | ER |
| 2023 | ES | 2024 | ET |
| 2025 | EU | 2026 | EV |
出典・所蔵品記録
代表作品
菊と岩を描いた蓋付壺|三つの樽
ca. 1700–1705

ca. 1700–1705|所蔵品番号 94.4.370a, b
The Metropolitan Museum of Art|Gift of Henry G. Marquand, 1894
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
中国風の主題を白地青絵にした壺です。Metの記録はピーテル・カムに結び付け、底のPK印を記載しています。窯名の別綴りDe drie Vergulde Astonnenkensも検索の手がかりになります。
窯印・記号の確認:PK。資料は判読の不鮮明さにも言及。
代表作品
中国風の瑞獣を描いた皿|デ・ロース
ca. 1727–55

ca. 1727–55|所蔵品番号 54.147.98
The Metropolitan Museum of Art|Gift of R. Thornton Wilson, in memory of Florence Ellsworth Wilson, 1954
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
中央の瑞獣と縁の文様を組み合わせた多彩色の皿です。器全体と裏面を同じ収蔵品番号で確認できる資料を選びました。印辞典のROOSの範囲と、この作品の美術館年代には違いがあります。
窯印・記号の確認:青のRoos。裏面のラベル18086は焼成年として扱わない。
代表作品
ウィリアム3世の胸像を描く大型タイル
ca. 1694

ca. 1694|所蔵品番号 64.101.389
The Metropolitan Museum of Art|Gift of Irwin Untermyer, 1964
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
フリークセ・アーの作品。ダニエル・マローに関係する版画を踏まえた構成で、建築用タイルが政治的な肖像と結び付く例です。約69.2cm角という大きさも、通常の壁面タイルとの違いです。
窯印・記号の確認:裏面にE。窯の帰属からAK印があると推測してはいけない。
代表作品
花と垂飾を描いた水差し|フリークセ・アー
ca. 1701–15

ca. 1701–15|所蔵品番号 1991.207.1
The Metropolitan Museum of Art|Gift of the family of Siegfried and Lola Kramarsky, in their memory, 1991
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
日本の伊万里磁器を思わせる赤・青・金の組合せを、中国系の文様構成と結び付けた器です。青白だけではないデルフトの東アジア受容を見る作品です。
窯印・記号の確認:赤のAPK。ピーテル・コックスと未亡人の経営期を参照。
代表作品
飾壺一式を構成する蓋付壺|メターレ・ポット
ca. 1690

ca. 1690|所蔵品番号 2006.309.1a, b
The Metropolitan Museum of Art|Purchase, Mr. and Mrs. Sid R. Bass Gift, in honor of Mrs. Charles Wrightsman, 2006
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
ガルニチュールは壺などを組み合わせた室内の飾り一式です。中国磁器に学ぶ青白の器形にヨーロッパの花を描き、組合せと左右の釣合いを楽しみました。美術館の制作年代は1690年頃で、所有者の交代年と完全に同じ年へ修正してはいません。
窯印・記号の確認:LVE、O、25、DWの記録。数字を暦年と解釈しない。
代表作品
青絵の皿|LVE印を持つ比較例
ca. 1700–1720

ca. 1700–1720|所蔵品番号 08.107.6
The Metropolitan Museum of Art|Gift of Mrs. Catharine Van Vliet De Witt Sterry, 1908
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
メターレ・ポットの1700–1720年の皿です。LVEは文字だけを暗記するより、同じ窯の異なる器形と比較すると有用です。大きな装飾花器だけでなく、皿の生産も窯の活動に含まれます。
窯印・記号の確認:LVEのほか4、0。意味が確認できない数字に役職や年を割り当てない。
代表作品
カール6世を記念する皿|1712年頃
ca. 1712

ca. 1712|所蔵品番号 54.147.100
The Metropolitan Museum of Art|Gift of R. Thornton Wilson, in memory of Florence Ellsworth Wilson, 1954
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
銘文と紋章的な構成を持つ、メターレ・ポットの作品です。1711年・1712年に関係する即位や戴冠の記念は、器が政治的な出来事を伝えたことを示します。出来事の年と製作年は概念として区別します。
窯印・記号の確認:VE、E、o。印を見た目の推測でLVEへ書き換えない。
代表作品
大型のワイン用水槽|メターレ・ポット
late 17th–early 18th century

late 17th–early 18th century|所蔵品番号 1971.33
The Metropolitan Museum of Art|The Charles E. Sampson Memorial Fund, 1971
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
17世紀末–18世紀初めの大型容器です。卓上の小さな器だけでなく、飲食と室内の演出のために意欲的な形が作られました。把手、脚、器体のつながりは成形と接合の仕事を考える入口です。
窯印・記号の確認:LVE、I。35202のラベルや34の書き込みを製作年代とはしない。
代表作品
デ・ミルデのティーポット|押印を照合する
1671–1708

1671–1708|所蔵品番号 2014.712.11a, b
The Metropolitan Museum of Art|Robert A. Ellison Jr. Collection, Gift of Robert A. Ellison Jr., 2014
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
同じ工場に属する別のティーポットです。茶の飲用の広まりが、輸入の赤い茶器とオランダ製の器の需要に結び付いた例です。二点は同一の器ではなく、収蔵品番号を分けて掲載しています。
窯印・記号の確認:楕円内の走る狐とA R V DE MILDE。画像と文字記録を一組で照合。
窯印辞典
デ・ロースの皿の裏面|作品と対応する実写
ca. 1727–55

ca. 1727–55|所蔵品番号 54.147.98
The Metropolitan Museum of Art|Gift of R. Thornton Wilson, in memory of Florence Ellsworth Wilson, 1954
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
青のRoos。裏面のラベル18086は焼成年として扱わない。
同じ収蔵品の別角度写真です。掲載画像を別の窯の印へ流用していません。元の器全体は「代表作品」の同じ所蔵品番号で確認できます。
窯印辞典
デ・ミルデのティーポットの底面|作品と対応する実写
1671–1708

1671–1708|所蔵品番号 50.211.37a, b
The Metropolitan Museum of Art|Gift of R. Thornton Wilson, in memory of Florence Ellsworth Wilson, 1950
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
底に楕円の押印。Metは走る狐とA R V DE MILDEの文字を記載。
同じ収蔵品の別角度写真です。掲載画像を別の窯の印へ流用していません。元の器全体は「代表作品」の同じ所蔵品番号で確認できます。
窯印辞典
デ・ミルデのティーポットの押印|作品と対応する実写
1671–1708

1671–1708|所蔵品番号 2014.712.11a, b
The Metropolitan Museum of Art|Robert A. Ellison Jr. Collection, Gift of Robert A. Ellison Jr., 2014
作品記録・原画像|Public Domain / CC0
解説・図例を読む
楕円内の走る狐とA R V DE MILDE。画像と文字記録を一組で照合。
同じ収蔵品の別角度写真です。掲載画像を別の窯の印へ流用していません。元の器全体は「代表作品」の同じ所蔵品番号で確認できます。
歴史・用途・地域
中国・日本・ヨーロッパ——図柄の移動を読む
解説・図例を読む
デルフトの作品を東洋磁器の単純な代用品と捉えると、文様を組み替える仕事を見落とします。花鳥文の皿では中国の構成、赤・青・金の水差しでは日本の伊万里磁器への関心が見えます。
黒地のオベリスクでは漆器への関心が、ヨーロッパの室内を飾る独自の器形に結び付きます。「東洋風」という一語で終えず、色、器形、文様の配置、用途を分けて比較すると、どの要素が受け継がれ、変えられたかを読みやすくなります。
歴史・用途・地域
赤い茶器も作られたデルフト
解説・図例を読む
デルフトの赤い茶器は、青白の錫釉陶器とは異なる材料の系統です。Metのデ・ミルデの作品は、宜興の茶器の影響とオランダの茶の飲用文化に結び付けられています。
ただし用語を一律にred stonewareへそろえると、所蔵館がred earthenwareと記す作品の分類を変えてしまいます。本ページでは所蔵館の素材表記を尊重し、デルフト市の生産地と錫釉という技法の範囲を区別します。
研究・観察・資料
年代を調べるための六つの照合
解説・図例を読む
- 器全体の形・寸法・用途を記録し、皿、壺、タイルなどの比較群を決める。
- 胎土と釉の構成、成形・支持具の痕跡を観察する。
- 印は色・位置・筆跡・図像・数字を含めて写し、後のラベルと分ける。
- 窯の存続年、所有者の期間、印の記録上の使用期を別々に調べる。
- 博物館の比較作品について、制作年代が「頃」なのか、銘年なのか、帰属なのかを確認する。
- 一致しない点と不明な点を残し、単一の印から確定鑑定へ飛躍しない。
これは調査の整理手順であり、真贋の自動判定表ではありません。とくに無印の作品、後世の模倣、修復された底部では、表面の写真だけでは結論できない場合があります。
材質・製作技法
グラン・フーとプティ・フー——彩色と焼成の順序
解説・図例を読む
釉とともに高い温度で焼く彩色と、いったん釉を焼いた後に低い温度で加える上絵・金彩は、工程が異なります。後者では追加の焼成が必要です。色の種類だけでなく、どの段階で表面に加えたかを考えます。
Dutch Delftwareの工程解説は、本焼成を約1000℃、追加の低温焼成を約600℃の目安で説明します。ただし個々の歴史的製品の実測温度ではありません。すべての赤や黒を同じ顔料・同じ焼成法と決めつけず、作品ごとの技法記載と比較します。
出典・所蔵品記録
材質・製作技法
穿孔紙・型・泥漿——繰り返しと手仕事
解説・図例を読む
穴を開けた紙に炭の粉を通し、文様の輪郭を器へ移す方法は、絵付けの反復を助けました。下図を移した後の筆描きも工程の一部です。また器形はろくろだけでなく型を使って作られ、把手やつまみを泥漿で接合する仕事もありました。
ここでの泥漿は部品をつなぐ材料で、白い釉を指していません。一つの器に反復のための道具と手による調整が共存することを踏まえて、型の痕跡と筆の違いを観察します。
出典・所蔵品記録
研究・観察・資料
国立美術館の研究——XRFと美術史の照合
解説・図例を読む
アムステルダム国立美術館は、2016年に始めたデルフト陶器コレクションの研究を紹介しています。約1600点の歴史・様式を調べ、うち印や年記のある作品を中心とした約250点の釉を、非破壊の蛍光X線分析(XRF)で調べる計画です。ここでの点数は研究紹介に記載された規模です。
この研究と、2022年博士論文の44点のタイルの分析は、試料も手法の組合せも別です。元素の分析値は、印・年記・様式などの独立した情報と照合することで意味を持ちます。成分だけを見て未知の器の窯名が直ちに決まる、という仕組みではありません。
同館の紹介には、一部を2004年に補作した歴史的な花器も掲載されます。作品全体の展示年代と、個々の部品が作られた年代を区別する実例としても重要です。
研究・観察・資料
デルフト陶器の用語集
解説・図例を読む
| 用語 | このページでの意味 |
|---|---|
| 錫釉 | 酸化錫を用いて不透明にした釉。白い粘土層と同義ではない。 |
| 胎土 | 器やタイルの本体となる粘土質の材料。釉と区別する。 |
| エンゴーベ/化粧土 | 表面に施す粘土質の層。白色という見た目だけでは認定できない。 |
| 泥漿/スリップ | 水に分散した粘土。成形用か化粧用かを文脈で分ける。 |
| フリット | 原料を加熱して作り、粉砕して使うガラス状の材料。 |
| ティナス | 鉛・錫の酸化により得る釉原料に関わる歴史用語。 |
| マスティコット | 本研究の文脈では砂とアルカリによるフリット。鉱物名との混同に注意。 |
| ウィット | 白釉に関わる歴史用語。具体的な製法は史料ごとに確認する。 |
| クワールト | 透明な鉛釉の上掛け。すべての製品にあるとは限らない。 |
| 水簸 | 水に粘土を分散し、粒子を分離・調整する処理。 |
| 可塑性 | 力を加えることで形を変え、その形を保つ性質。 |
| 素焼き | 施釉などに先立って器体を焼く工程。 |
| 酸化・還元 | 焼成時の雰囲気に関わる区分。胎土や色の見え方に影響する。 |
| SEM-EDX | 電子顕微鏡による観察と元素分析の組合せ。 |
| XRD/X線回折 | 結晶性の物質の識別に用いる分析法。 |
| ガルニチュール | 壺などを組み合わせた室内装飾用の一式。 |
| 帰属 | 資料や比較によって作者・工房との関係を示す判断。署名の存在と同一ではない。 |
| 窯印 | 工場名・標章・所有者の頭文字など。個々の絵付師の署名と区別する。 |
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