バロックは、主に16、17世紀に展開した芸術様式であり、イタリアから急速にヨーロッパの大部分に広まった芸術様式である。ルネサンス、マニエリスムののち、あらゆる芸術にこの影響は及んだ。「バロック」という語は真珠などのいびつな形を表す「barroco」からきているとされる。これは表象的にいびつな表現というよりも、比喩的な意味で表現された。この時代に進行した学問の発展や自然認識の変化と深く結びついており、世界は神といった超越的な力のみによって説明されるものではなく、観察や理法によって把握され得る対象として捉えられるようになり、人間の視覚や感覚が世界をどのように受け取るのかと変化した。それに伴い、宗教的価値観も変化し、芸術はその不可視の力を光や運動、感情の高まりを通じて感覚的に表現する役割を担うようになった。このような認識のもとで、バロック美術は均衡的な従来の様式から離れ、運動、緊張、量感、劇的な明暗対比を特徴とする表現へと展開する。それは無秩序への転換ではなく、変化し続ける世界を把握しようとする新たな秩序の構築であり、観る者の感情と身体感覚に直接訴えかける様式であった。この表現は絵画や建築にとどまらず、工芸を含む広範な造形分野に及び、18世紀初頭まで持続したが、18世紀中葉には重厚さや緊張感から距離を取り、より軽やかで装飾的な価値観を反映したロココ様式へと移行していった。

出典:メトロポリタン美術館
「音楽の寓意」 Laurent de La Hyre 1649
小鳥は自然の音、楽譜などは人口的な音楽理論、それらの対比が表され、調和のメタファーとして楽器の調律が描かれている。
寓意
バロックの時代に流行した表現としてアレゴリー(寓意)がある。これは比喩的な表現、主に神話を用い、見えない秩序や運命といった捉えにくい概念を目に見える形で表現している。そのため自己表現だけでなく、教材などにも用いられた。これは当時の科学の発展に伴う、新しい知識に対する興味、そしてそれらを学び知識として吸収することが求められていた。それらの知識の表現として寓意は良く使用され、ときには教材としても用いられた。絵画でももちろんだが、ガラスや磁器といった工芸でも寓意表現は定番の主題であった。
ガラス
バロック期に発展した工芸品といえば、なんといってもガラスである。それまでルネサンス期はその中心地であったヴェネツィアが工芸ガラス製造地として群を抜いており、その技術の流出は固く禁じられるなどしていた。しかし、1612年にアントニオ・ネッリが『ガラス製造術』という書籍を出したり、ヴェネツィアの職人が海外へ移住するなどして、ヨーロッパ各地で良質なガラス製造を求めて研究が進んだ。17世紀末に、イギリスで鉛を用いた高透明度のガラスが開発されると、フランスとオランダの国境地帯やドイツやボヘミアなどでも高透明度のガラスが同時多発的に製造に成功した。そして同時にエングレーヴィング技術が発達し、特にポツダムやザクセン、シレジアなどでは類まれなる製品が製造された。

出典:当店所蔵品
ファソン・ド・ヴェニス 17世紀後半
ルネサンス期にイタリアで盛期を迎えたグラスは、職人がヨーロッパ各地へ移り、その技術を伝え、各地でガラス産業が栄えるきっかけとなった。

出典:当店販売品
デルフト 17世紀後半
デルフトの白は評価が高く、17世紀陶器を代表するもの。デルフトのような陶器はデルフト以外のオランダだけでなく、イングリッシュ・デルフトのように各地で製造されている。なので広義の意味でこの時期のデルフトスタイルの陶器全般をデルフト呼ばれる場合もある。
陶器(マジョリカ、デルフト、ファイアンス)
ルネサンスの頃はマジョリカ陶器が盛期を迎えていたが、16世紀になるとヨーロッパ各地でイタリアの影響で錫釉陶器が製造されるようになった。特にオランダのデルフト周辺で発展し、美しい陶器が製造された。それらはほかの地へも渡り、英国でもイングリッシュ・デルフトウェアとして陶器生産が盛んになった。フランスでは北イタリアのファエンツァ産陶器にちなんで、ファイアンスと呼ばれた。ドイツではハナウやフランクフルトが有名である。18世紀になると磁器の誕生により、なかでも高級食器の役割は磁器に譲っていくこととなった。
オーリキュラー様式
17世紀前半に流行した装飾様式。主に金属工芸や建築や木工芸などでよく用いられた。まるで溶けるように滑らかな表現で、耳や巻貝の内側を連想させることからそのように呼ばれる。このデザイン様式は一部定番化し、後世まで用いられた。特にユーゲントシュティールの際にもその影響は垣間見れる。

出典:アムステルダム国立美術館
水差し アダム・ファン・ヴィアネン作 1614年
全体が曲線で表現されたオーリキュラー様式の代表作品。
バロックの美術工芸はよく大袈裟とされるが、単純に過装飾なわけではなく、その裏側にあるものを読み解かなけければならい。様々な概念、知的表現が隠れており、読み解く側に知識が求められる。
【参考文献】
『バロック 文化、神話、イメージ』(アンドレア・バッティスティーニ、2023年)