
作品番号:02.6.186
Gift of Alfred Duane Pell, 1902
Public Domain / CC0 · 所蔵品記録
ダルテ兄弟(ダルト兄弟)はジョセフ(Joseph 、1765-1832), ルイ=ジョセフ(Louis Joseph 、1766-1843) 、ジャン=フランソワ(Jean Francois 、1768-1834)の3人兄弟で、1795年より協力してシャロンヌ通りの工房を買収。ジャン=フランソワを中心としてパレ・ロワイヤルにも店舗を開いた。1803年よりルイ=ジョセフとジャン=フランソワの2人でロケット通りの工房で活動、ジョセフは1804年からポパンクール通りの工房にて単独で「Darte Aine」という名前で活動した。1809年マリア・レティツィア・ボナパルトの庇護を受け、「Manufacture de porcelaine de S.A.I madame Mere de SM. I’Empereur et Roi」と称した。1816年には2番目の店舗をヴィヴィエンヌ通りにオープン。1819年の展示会で銀賞を受賞。当時のパリでも随一の工房として発展したが、ボナパルト家の没落とともに衰退。1824年に息子のオーギュスト・レミの力を借り「Darte Fils」となったが、翌年解散。 1828年に破産が宣告されたがそれでもルイ=ジョセフはボルドー公爵の援助を受けることに成功し、翌年に債権者と和解、ロケット通りの工房は1833年まで続けられ、その幕を閉じた。パリでの随一の絵付け師であったジャン・ピエール・フイエはもともとダルトで修業していた。
詳しい解説
ダルテ兄弟は、食器の白磁に装飾を施す優れた絵付けの工房としても紹介されています。書籍ではシャロンヌ通り、ロケット通り、パレ・ロワイヤルなどの拠点をまとめて扱い、複数の販売場所を通じて作品を提供していたことを伝えています。工房の評価は、磁器を焼く工程だけでなく、選び抜いた白磁に注文に応じた装飾を仕上げる仕事とも結び付いていました。
署名には「Darte frères Paris」、兄弟名とパレ・ロワイヤルの住所、組み合わせた「LD」、名前とロケット通りの住所を含む長い印などがあります。同じ家名でも兄弟、年長者、子の事業を区別する表記があるため、印を「Darte」とだけ略してしまうと重要な情報が失われます。作品を比較するときは、名前に添えられた語と住所を読み取り、器形、彩色、金彩と併せて記録することが役立ちます。
詳しい解説の出典
- Geneviève Le Duc et Henri Curtil『Marques et signatures de la porcelaine française』、Éditions Charles Massin、印刷104、122頁