出典:メトロポリタン美術館

花瓶 1873年頃
英国ロイヤル・ウースター製。ウースター社は特にジャポニスムに傾倒した。

ジャポニスムの磁器は各国で流行した。特にイギリスではジャポニスムの発展に活躍したクリストファー・ドレッサーがデザインしたミントンや、ジャポニスムの名品を多く製造したロイヤル・ウースターはその代表的な窯である。フランスでは『北斎漫画』を流行させたフェリックス・ブラックモンがそのデザインをファイアンスに落とし込みテーブルウェアをデザインした。また日本の陶磁器も人気があり、京薩摩の錦光山や大阪薩摩の薮明山、神戸薩摩の精巧山など各地で輸出用に製造された。

出典:メトロポリタン美術館

花瓶 1870年~1880年
ジャポニスム・ガラス工芸の先駆者ウジェーヌ・ルソーの花瓶。

出典:メトロポリタン美術館


チョコレートポット 1879年
アメリカ、ティファニーの銀器。Charles Osborneによるデザイン。ティファニーは金銀細工部門長のエドワード・チャンドラー・ムーアが1867年パリ万博において日本美術に触れ、愛好家となり、ティファニーに日本の美をもたらした。

欧米に輸出されたのは陶磁器だけでなく、金工品も多く渡った。武家社会が終わり、廃刀令によって職を失った明治時代の金工たちはこぞって名品を作り西洋に輸出し欧米で高い評価を得た。その影響もあり、ヨーロッパの銀器にもジャポニスムの影響がみられる。イギリスのフレデリック・エルキントン、アメリカのティファニーやゴーハムもジャポニスムの作品を制作した。中には日本の金工とコラボレーションをした作品もあった。

ジャポニスムは広く他分野に渡って影響がみられるように、絶大な人気があった。それに伴い日本の明治政府は工芸品の発展に力を入れており、内国勧業博覧会なども開催された。余白を活かすといった日本の表現はヨーロッパの工芸品に多くみられるようになり、花鳥図や家紋など図案化され普及したデザインも多く出回るようになった。

【参考文献】
『Biede『ジャポニスム展』(国立西洋美術館、1988年)

『もてなす悦び展』(三菱一号館美術館、2011年)rmeier』(Angus Wilke、1987年)