19世紀末に広まった世界的芸術運動アール・ヌーヴォー。多くの人が魅了され、優れた芸術家で溢れました。それはどのような人間関係にあったのでしょうか。その関係は作品にどう影響しているのでしょうか。さらに20世紀に入り、次第に訪れるアール・デコへの風潮。その変遷へと適応の苦労などさまざまなことを考えてみたいと思います。
ガラス工芸家相関図

まず、それぞれの工芸家はどのような関係にあったのか、簡単にまとめてみました(情報不足なとこもあります。ご参考までに。異見ございましたらお問い合わせください)。
もちろん上記以外にも多くの工芸家がいます。パリで一大勢力を誇ったルグラ、アール・デコでエナメル装飾で活躍し、他工房へも大きな影響を与えたマルセル・グッピー、工芸家というよりももはや芸術家と評価されるモーリス・マリノなど名だたる人物や工房は多くあります。
上記の図をみてみると、ヌーヴォー期はやはりエミール・ガレ、ドーム兄弟はその中心であることは明瞭です。他もポール・二コラの幅広さは特にもっと日本では注目、評価されるべきではないかと思います。様々な工房で活躍できたポール・二コラはガレはもちろん様々な人物から信頼された工芸家の一人です。また、デコ以降ではピエール・ダヴェスも、ドームで働くなどその顔の広さはもっと評価されるべきではないかと思います。
ヌーヴォーからデコへ~ガレとドームの場合~
ヌーヴォーからデコへの変遷は当時のガラス工房にとっては大きな転換期であり、いかに適応していくかは大きな問題であったはずです。ガレ商会は1936年というアール・デコ真っ盛りに工房を閉鎖しています。1904年死去したエミール・ガレ自身はデコには当然関わっていません。ガレ工房はデコ期にも優れた製品も製造していましたが、やはり時代に合ったものではなく、内部の問題もあり廃業となってしまいました。特にガレ死後はほとんど被せガラス一辺倒であったのもデコへの流れに乗り遅れることになった原因ともいえるかもしれません。注目すべきはガレの第三工房期にアートディレクターとなったジャン・ルペールがその独自性を会社に認められずやめていったのは象徴的です。
ドームもまた苦労をした工房のひとつですが、ドームはパート・ド・ヴェールを中心に安価なものなどヌーヴォーとは異なる製品をデコ期は製造していました。ヌーヴォー期に比べれば決して評価は高くありませんが、デコにはある程度適応し、姿を変えながらも現代にまで続くことができています。
ヌーヴォーからデコへ~ラリックの場合~
ガレやドームと異なり、デコ期でも成功を収めたのはルネ・ラリックでした。ラリックはヌーヴォー期にはジュエリーを制作していました。高い評価を得ていましたが、デコへの風潮のなかで次第に遅れを感じるようになりました。そして、香水商コティとの出会いなどからガラス工芸家として成功しました。ガレのような1点ものの高級品ではなく、デザイン性の高さは保ちつつ型で大量生産する形で当時の需要に見事に応えていきました。ラリック社は現代まで続いています。