出典:クリープランド美術館

ティーポット 1775~1800年

イギリスもしくはアメリカ向けのポット。このように紋章やイニシャルが書かれていることが人気であった。形状はイギリス磁器の形状のものが多い。

17世紀から西洋の王族・貴族を魅了していた中国磁器は、次第に西洋の王族・貴族からの発注によって西洋のスタイルに合わせた形の磁器が製造されるようになった。特に貴族自身の紋章をデザインさせることが流行し、紋章の図案を中国に送り、その図案をもとに製作された中国磁器が西洋へと渡った。アメリカへもヨーロッパを通じて中国磁器は渡っていたが、アメリカ独立戦争によってそれは途絶えることになった。しかし、アメリカ独立戦争が終結するとすぐにアメリカの商社は中国と直接コンタクトを取り、輸入を開始するようになった。ヨーロッパでは各地で磁器の開発にすでに成功しており、ヨーロッパでの需要の低下していた中国磁器にとっても良い取引先となった。結果として18世紀末~19世紀初頭は多くの磁器がアメリカに渡った。

出典:メトロポリタン美術館

ティーポット 1813年~1814年

磁器はもともと中国や日本が栄えていたため、東洋趣味のデザインは良く模倣され、現代にいたるまで多大な影響を受けている。

出典:メトロポリタン美術館


プラーク Wedgwood 1790年頃(推定)
新古典主義を代表するウェッジウッドのジャスパーウェア。ドイツのマイセンも真似をするなど旋風を巻き起こした。同じく新古典主義を代位評する彫刻家ジョン・フラックスマンのモデルによる作品。

18世紀末からは新古典主義(ネオクラシシズム)が流行した。古代ギリシャ・ローマをモチーフにしたデザインで、それまでの華美なバロックやロココの反動として流行した。新古典主義は家具などだけではなく、工芸にも影響を及ぼした。ウェッジウッドのジャスパーウェアはまさに新古典主義の代表的なものである。新古典主義を題材とした工芸はこの後も一つの形式としてよく見られるものとなる。

アメリカの独立戦争はちょうどヨーロッパ文化においても転換期である。ロココが終息し、異なる文化が受け入れられようとしていた。ルネサンスその後迎える産業革命、ナポレオン戦争など大きな変化を迎えることとなる。

【参考文献】
『Chinese Export Porcelain』(METROPOLITAN MUSEUM OF ART、2003年)

『HANDBOOK TO HALL MARKS ON PLATE』(CYRIL G.E.BUNT、7版、1949)

『HALL-MARKS ON GOLD AND SILVER PLATE』(W.Chaffers&C.A.MARKHAM、10版、1922年))