スポード(コープランド)の会長であったロナルド・コープランド(Richard Ronald John Copeland)が集めたスポード&コープランドの歴史を語るコレクション「The Copeland China Collection」のお品です。
ロナルド・コープランドはストークにあった工場跡地に「The Ronald Copeland Art Gallery」というギャラリーを持ち、スポード・コープランドの様々な品物を集めていました。妻はナイチンゲールのいとこにあたるアイダ・フェンツィ(Ida Fenzi)で、トレリシックハウスを別邸として一族が保持し、結婚後コープランド家が居住しました。この家は1955年にナショナル・トラストに寄付されるも、引き続きコープランド家が住んでいました。1958年にロナルドが死去すると、息子スペンサー・コープランドに「The Copeland China Collection」が引き継がれ、トレリシック・ハウスに保管されました。トレリシック・ハウスには様々な花を植えたガーデンがあり、この時代のコープランドはこの庭に咲く花をモチーフとして製品に取り入れています。2013年、スペンサーの息子が、トレリシックハウスに住み続けないことを決め、トレリシック・ハウスにあった多大な重要なコレクションである「The Copeland China Collection」や内装品がオークションにかかることとなりました。現在、トレリシック・ハウスは観光地として保持されています。
このスポードのカードトレイ&プレートはそのコレクションの品で、トレリシックハウスにて保管されていたものです。記録によると1937年に、当時英国を代表するアンティークディーラーでありBADA (The British Antique Dealers’ Association) 創設メンバーにして初代会長となったJ. Rochelle Thomas(1866-1938)とともに購入されたものとなっています。
このカードトレイ&プレートは1810年代に作られたお品で、当時流行していた伊万里写のパターン(パターンナンバー1495、1810年デザイン)です。全て手彩で、優雅に描かれています。当時のスポードのボーンチャイナは金彩との相性がとてもよいのが特徴で、金彩は特に優れていました。カードトレイは特に珍しいお品です(コンポートのようにも使えます)。ロナルド・コープランドは初期スポードを好んでおり、工場の技術者たちが見たことがないことを残念に思い、過去の品物を集めました。そのような意味では、この伊万里写パターンは1つの大きな作品群であり、意義のあるものだったと考えられます。
ロナルド・コープランド/Ronald Copeland
Richard Ronald John Copelandは1884年に生まれた。1913年、父の死に伴い、コープランド社(W.T. Copeland & Sons)の社長に就任するも、1914年第一次世界大戦に参戦。近眼であったため、正規軍ではなく、救急隊として参戦した。1915年にアイダ・フェンツィと結婚。アイダの一族はイングランド銀行副総裁を務めるなど裕福な家庭で、トレリシックの家を持っており、結婚後、そこで一族が居住した。1955年、コープランド家の子孫が居住できることを条件にナショナル・トラストに譲渡。1958年死去、会社は息子に引き継がれた。
スポード・コープランド/Spode Copeland
1770年、ジョサイア・スポードが開業する。その後、ジョサイア・スポード2世が引き継ぎ、ボーンチャイナの開発を試みる。1833年、W.T.コープランドとトーマス・マーガレットが買収、その後W.T.コープランドが単独でオーナーとなり、以後コープランド一族によって運営された。1966年コープランド家の手を離れ、その後何度か買収が繰り返された。イギリスでも古いメーカーの一つであり、金彩技術やパリアンウェアの技術なども発展し優れた製品を多く製造した。
来歴 / Provenance
1937年10月20日にコープランドが購入(BADA初代会長J. Rochelle Thomasとともに)、「The Copeland China Collection」の1つとなる。ロナルド・コープランド所蔵ラベルあり。
2013年、英国ボナムズ・オークションに出品(トレリシック・ハウス所蔵品放出に伴う「THE CONTENTS OF TRELISSICK HOUSE INCLUDING THE COPELAND CHINA COLLECTION」)。ボナムズ・オークションの取り扱いラベルあり。
