出典:メトロポリタン美術館

コスメティックジャー 1874年~1875年

バーナード兄弟による製品。旅行用セットの1つ。鉄道など交通機関が発達し、旅行がブームとなりつつあった。

【その他活躍した銀工房】
ロバート・ヘンネル、ハント&ロスケル、ライアスなど

ヴィクトリアンは新しい様式の発生ではなく、過去の様々な様式が組み合わさった折衷様式が主であった。特にロココのデザインを中心に様々なデザインが用いられた(ロココ・リバイバル)。磁器で特に活躍したのはミントンやコープランドであった。また、1845年頃から流行したのがパリアンウェアである。ギリシャのパロス島にある大理石を模したことから名づけられ、古典的な大理石彫刻をモチーフに製造されることが多く、特にミントンとコープランドは高い評価を得た。ガラスでは物品税が1845年に廃止されたことや、ボヘミアから職人が移り住んだことで発展が進んだ。スタウアブリッジを中心に技術が発展し、トーマス・ウェッブやベンジャミン・リチャードソン、ジョン・ノースウッドなどが活躍し、グラヴィール装飾が発展した。銀製品でもロココ・リバイバルが主流で、オリジナリティのあるデザインはさほど生まれなかった。ヴィクトリア女王のクラウン・ジュエラーとなったロバート・ガラード2世や電気メッキを商業化させたエルキントン社などが活躍した。

出典:メトロポリタン美術館

ポプリ1860年代~1870年代

ミントンのポプリポット。ヴィクトリアの工芸品ではこのようなガーランドの文様が好まれて使用された。

【その他活躍した陶磁器工房】
ウースター、コールポートなど

出典:グリーブランド美術館

メデア像 W.T Copeland & Sons 1870年~1890年
コープランドによるパリアンウェア。

出典:メトロポリタン美術館

トレリス 1862年デザイン
最初に生産されたのは1864年から。鳥のデザインはPhilip Webbによる。

出典:メトロポリタン美術館

キャンドルスタンド 1883年
クリストファー・ドレッサーがデザインし、Perry Son & Coで製造された作品。当時としては非常に斬新なデザインである。

ウィリアム・モリスが手工芸にこだわる一方、時代は工業化が進んでいくこととなり、当時としては異質なデザイナーの生まれた。ヨーロッパにおける最初のインダストリアルデザイナーともいわれるのがクリストファー・ドレッサーである。モダンデザインの先駆者であるとともに、日本文化へも傾倒し、イギリスにおけるジャポニスムの流行に大きく関与した。ドレッサーは陶磁器メーカーであるミントンの製品デザインも行った。

ヴィクトリアンはジュエリーがより身近なものとなり、様々なジュエリーが急速に流行し、1852年には新たに15金、12金、9金が金品位の基準として認められることとなり、金製品がより広がりを見せるようになった。スコットランドのケルト民族の文様をデザインしたスコティッシュジュエリーも流行するなどもした。また、髪が結い上げられるようになったことからイヤリングが注目され、長いものが流行した。そして何よりも服喪時代はモーニングジュエリーが大流行した。オニキスとのような黒色の石だけではなく、化石化した樹木である黒色のジェットも多く多用された。また、1870年代ごろからは歴史主義の流行で、ホルバインネスクといったルネサンスリバイバルなど過去の様式のリバイバルも流行した。

出典:メトロポリタン美術館

パリュール 19世紀半ば
イタリアのLuigi Sauliniによって制作されたオニキスのストーンカメオ。英国人John Gibsonによって王冠はデザインされている。

ヴィクトリアンのアンティークは日本でも手に入りやすく人気のジャンルとなっている。ジョージアンに比べると全体的に量産化され始めており、多様性があって、優れているものとそうでないものの差が大きくなっている。

【参考文献】

『ジュエリーの世界史』(山口遼、新潮文庫、2016年)

『COALPORT 1795-1926』(Michael Messenger、1995年)

『MINTON THE FIRST TWO HUNDRED YEARS OF DESIGN & PRODUCTION』(Joan Jones、1993年)

『SPODE-COPELAND-SPODE THE WORKS AND ITS PEOPLE 1770-1970』(Vega Wilkinson、2002年)