1933年、アドルフ・ヒトラーが政権を握り、ナチス・ドイツが反ユダヤ主義を掲げ多くの悲劇を生み出したことは誰もが知る負の歴史です。当然、その時代に生きていた工芸家たちの中にもユダヤ人はいました。どのような影響があったのかいくつかご紹介します。

フィリップ・ローゼンタール(ローゼンタール創業者)


1889年に創業し、現代まで続くドイツの陶磁器ブランドであるローゼンタール(Rosenthal)。その創業者がフィリップ・ローゼンタール(Philipp Rosenthal)です。前衛的なデザインを積極的に採用し、瞬く間に世間に認められドイツを代表するメーカーとなりました。ユダヤ人を起源に持つフィリップは、ヒトラーが独裁者として君臨した1934年にその座を追われ、家族とともに海外へ亡命することになりました。ですが、会社はそのまま営業を続けることができました。それはすでにローゼンタールが海外にまで名が知れており、その影響を考慮されてのことでした。しかし、その後会社は跡継ぎ問題など混沌とし、フィリップも1937年に死去。第二次世界大戦後の1950年、父の遺志を継いだ息子フィリプ(Philip)が亡命先のイングランドから戻り、会社に入ってからローゼンタールの権威が見事復活しました。

ナチス


ナチス政権下のローゼンタール。皮肉にもそのマークが入れられている。

エドモンド・エトラン(工芸品店を経営)


フランスのアール・デコ期、数々の工芸家の作品を扱った工芸店を経営していたのが、エドモンド・エトラン(Edmond Etling)です。1909年にパリで店を構え、若手や実力のある工芸家と手を組み 、自身のブランド名の下で販売をし、アール・デコという美術運動に大きな影響を与えました。そんか彼に悲劇が起きたのは第二次世界大戦でした。1939年に第二次世界大戦が勃発、勢いにのるナチス・ドイツは1940年にフランスの一部を占領、パリもその中に含まれていました。フランス内のユダヤ人は迫害を受け、厳しい立場に立たされました。ユダヤ人のエトランも検挙され、強制収容所へと送られました。店は閉店せざるおえなく、エトランは強制収容所の中でその生涯を終えました。エトランの作品は1970年代にセーヴルでリプロダクションが制作されるなど、死後も高い評価を得続けています。

マルグリート・フリードレンダー(KPMベルリンの女性デザイナー)


マルグリート・フリードレンダー(Marguerite Friedlaender)は1896年、フランスのリヨンに生まれ、1919年からドイツのバウハウス(美術学校)で学び、1925年にザクセン=アンハルト州のハレにある芸術学校で働きました。女性初となる陶芸家の”マスター”となり、1927年よりKPMベルリンにて働きました。マルグリートがデザインした代表的作品には自身が居た”Halle(ハレ)”と名付けられた作品があります。

1933年、ナチス・ドイツの下で、マルグリートはユダヤ人であることを理由にKPMベルリンを解雇となり、国外退去を余儀なくされます。これはKPM内部にも多大な衝撃があり、この処遇に反発したL.ギースやゲルハルト・マルクスといった同僚たちも処分を受ける結果となりました。追放されたマルグリートはオランダに移り、さらに1940年にはアメリカに移ります。ドイツを追放された後も活動を続け、1985年に死去しました。

ゴルトシャイダー(オーストリアの陶磁器メーカー)


世界でもトップクラスの陶人形を製造していたゴルトシャイダー(Goldscheider)家。優れたデザイナーと協力をし、歴史主義、アール・ヌーヴォー、そしてアール・デコに渡り活躍。しかしユダヤ人であったため、1938年にイギリスとアメリカに分かれて移住することになった。各地で製造を再開し、1950年代にウィーンにも戻ってきたが、1963年に製造中止となった。