紀元前4千年紀末〜前1世紀/図版は中王国時代
ナイル川流域

金の輝き、石の色、青く光るファイアンス。古代エジプトの工芸では、素材の美しさと、王権・生命・再生を表す意味が重なります。身につける宝飾と墓に納める小像から、装飾が果たした役割を見ていきます。

このページの内容

長い歴史のなかの、身近な造形

ナイル川流域では、紀元前3100年頃の統一王朝成立前後から文字を伴う王権文化が形成されました。以後の古王国・中王国・新王国などは、数千年に及ぶ歴史の区分です。同じ神や植物の図柄が長く使われても、その形や組合せ、使い手は変化しています。

墓から見つかる工芸品は死後の世界に関わりますが、金の装身具には日常の装い、儀礼、身分の表示など複数の用途がありました。出土場所だけで生活全体を代表させず、それぞれの作品が誰のために作られたのかを考えることが大切です。

参照:[1] [2]

胸飾りに組み込まれた、文字と王の名

シトハトホルユネトの胸飾りは、センウセレト2世の即位名を中心に組み立てられています。金の区画に色石を嵌め込み、隼、コブラ、生命を表すアンクなどを左右に配した構成です。文字と図像が一体となり、王の生命と支配の持続を願う意味を伝えています。

この品は王女の墓で発見されましたが、中央に記されるのは王の名です。着用者の名札ではなく、王権の秩序と結びつく装身具として理解できます。王女をセンウセレト2世の娘とする見解は、墓の位置などを根拠とした推定です。

参照:[4]

隼と王名を配した金と色石の胸飾り、色とりどりの石をつないだ首飾り
センウセレト2世の名を記したシトハトホルユネトの胸飾りと首飾り
紀元前1887〜1878年頃|エジプト、中王国・第12王朝|金、カーネリアン、ラピスラズリ、トルコ石ほか

メトロポリタン美術館蔵|16.1.3a, b
Purchase, Rogers Fund and Henry Walters Gift, 1916
作品情報・出典 / Public Domain・CC0

エジプトのファイアンスとは

エジプトのファイアンスは、石英を主成分とする素地の表面を釉薬で覆った焼成材料です。銅による青緑色がよく知られ、護符、装身具、器、小像、建築の化粧材などに用いられました。土を主な素地とする近世ヨーロッパの錫釉陶器とは、同じ「ファイアンス」という呼称でも材料と製法が異なります。

カバの小像《ウィリアム》には、水辺の植物が描かれています。愛らしく見える姿の一方、当時のカバは人や舟を脅かす動物でした。美術館は、危害を封じるために脚を意図的に折った可能性を示しており、現状の3本の脚は復元です。色や図柄だけでなく、破損と修復にも作品の歴史が残っています。

参照:[3] [5]

青緑色の体に水辺の植物を描いたファイアンス製のカバの小像
カバの小像《ウィリアム》
紀元前1961〜1878年頃|エジプト、中王国・第12王朝|ファイアンス
3本の脚は復元。
メトロポリタン美術館蔵|17.9.1
Gift of Edward S. Harkness, 1917
作品情報・出典 / Public Domain・CC0

色と形を読む

胸飾りでは細い金の輪郭が石の色を区切り、ファイアンスでは釉薬が立体全体を包みます。異なる素材でも、光を受けたときの効果を意識した造形が見られます。素材・図像・用途を合わせて読むことが、古代エジプトの装飾を理解する入口になります。

出典・参考資料

  1. The Met, The Art of Ancient Egypt: A Resource for Educators
  2. Deborah Schorsch, Gold in Ancient Egypt(2017)
  3. Carolyn Riccardelli, Egyptian Faience: Technology and Production(2017)
  4. The Met, Pectoral and Necklace of Sithathoryunet with the Name of Senwosret II (16.1.3a, b)
  5. The Met, Hippopotamus ("William") (17.9.1)

本文は上記の資料と作品情報を参照した解説です。作品名の日本語表記は説明用の訳です。年代・帰属の「頃」「恐らく」は所蔵館の記載に従います。図版は同館がPublic Domainとして公開する画像を使用しています。