紀元前4千年紀後半〜前6世紀を中心に
ティグリス・ユーフラテス川流域

小さな印章と、都市を彩る青い煉瓦。メソポタミアの工芸は、持ち主を示す印から神々と王の威光を伝える装飾まで、社会の仕組みと深く結びついていました。文字による記録が現れる時代から、装飾美術の歴史をたどります。

このページの内容

都市と文字のある社会へ

紀元前4千年紀後半、南部メソポタミアではウルクなどの都市が発展し、農産物や労働を管理するための記録が生まれました。現在知られる最初期の文字資料は、この地域の紀元前3400年頃にさかのぼります。ただし、装身具や器の制作は文字の発明よりはるかに古く、有史の始まりが工芸の始まりというわけではありません。

メソポタミアは一つの王朝や様式の名称ではありません。シュメールの都市国家、アッカド、アッシリア、バビロニアなどが、長い時間のなかで異なる政治と文化を育みました。ここでは、都市社会を支えた印章と、後のバビロンで発達した釉薬の装飾を対照させます。

参照:[1]

円筒印章——転がすことで現れる図像

円筒印章は、石の側面に彫った図柄を柔らかな粘土へ転がして写す道具です。壺や籠の封泥、取引を記した粘土板などに用いられ、所有や本人の確認に関わりました。小さく持ち運べる実用品であると同時に、図像を精密に彫り込んだ工芸品でもあります。

掲載の印章には、神殿と考えられる建物に向かう人物や器が表されています。写真に並ぶ平らな印影は、図柄を見やすくするための現代の押印です。古代の印章本体と、展示・研究のために作られた印影を区別して見る必要があります。

参照:[2]

円筒形の石の印章と、建物や人物を連続して写した現代の印影
神殿前の儀礼を表す円筒印章と現代の印影
紀元前3500〜3100年頃|メソポタミア、後期ウルク時代|瀝青質石灰岩

メトロポリタン美術館蔵|1983.314.1
Gift of Martin and Sarah Cherkasky, 1983
作品情報・出典 / Public Domain・CC0

釉薬と煉瓦がつくる、色彩の都市

新バビロニア時代のバビロンでは、成形した煉瓦に釉薬をかけ、色鮮やかな動物の浮彫を建築へ組み込みました。石材の乏しい南部メソポタミアにおいて、土を焼く技術が大規模な装飾にも生かされています。

歩く獅子のパネルは、ネブカドネザル2世の時代に造られた行列道路の装飾です。獅子は女神イシュタルと結びつく動物で、同じ姿を繰り返す構成には街路の守護と祭礼の道筋を示す役割がありました。青い地と獅子の明るい体の対比は、遠くからでも図像を読み取れる工夫です。

参照:[3]

青い煉瓦を背景に、横向きに歩く獅子を表した浮彫パネル
歩く獅子のパネル
紀元前604〜562年頃|バビロン(メソポタミア)|施釉陶製煉瓦

メトロポリタン美術館蔵|31.13.1
Fletcher Fund, 1931
作品情報・出典 / Public Domain・CC0

工芸を見る手がかり

手の中の印章と建築の壁面では大きさがまったく異なりますが、いずれも図柄を繰り返して伝えるという性格を持っています。何のために作られ、どの場所で使われたかを考えると、文様は単なる飾りを超えて、記録・権威・信仰を担うものとして見えてきます。

出典・参考資料

  1. Getty Museum, Mesopotamia: Civilization Begins
  2. The Met, Cylinder seal and modern impression: ritual scene before a temple facade (1983.314.1)
  3. The Met, Panel with striding lion (31.13.1)

本文は上記の資料と作品情報を参照した解説です。作品名の日本語表記は説明用の訳です。年代・帰属の「頃」「恐らく」は所蔵館の記載に従います。図版は同館がPublic Domainとして公開する画像を使用しています。