表紙図版:バハラーム・グールとアーザーデの物語に結びつく狩猟図の皿 / The Metropolitan Museum of Art 出典 / Public Domain・CC0(表示範囲を調整)
224〜651年
イラン高原・メソポタミアを中心に
狩猟の場面を浮かび上がらせる銀皿と、整然としたカットが光を受けるガラス。ササン朝ペルシャの工芸は、王の威厳を表す美術であるとともに、東西へ伝わる意匠と技術の重要な担い手でした。
このページの内容
ローマと並び立った帝国
224年に成立したササン朝は、イラン高原とメソポタミアを中心に勢力を築き、651年に最後の王が没するまで続きました。西ではローマ、後にはビザンティンと対峙し、戦争だけでなく外交や交易を通して文化を交わしました。
銀器、絹織物、印章、ガラス、漆喰装飾などは、宮廷と有力者の生活を彩りました。その意匠は王朝の終焉とともに消えたのではなく、初期イスラーム期や中央アジアなどでも受け継がれます。ただし、「ササン朝風」の文様があることだけで、制作地や年代を確定することはできません。
銀皿の狩猟——王権と物語
ササン朝の銀皿では、狩猟する王が繰り返し表されます。獣を制する姿は王の力量を示し、銀の白さと部分的な金の色が、人物や動物の動きを際立たせました。豪華な器は贈答にも用いられたと考えられています。
掲載の皿は、バハラーム・グールと楽師アーザーデの物語に結びつけられています。この物語は後にフェルドウスィーの『王書』に記されますが、皿の制作はそれより何世紀も前です。後世の文献との対応は図像の理解に役立つ一方、皿を「『王書』の挿絵」と呼ぶのは年代を逆転させてしまいます。

紀元後5世紀頃|イラン、ササン朝|銀、水銀鍍金
メトロポリタン美術館蔵|1994.402
Purchase, Lila Acheson Wallace Gift, 1994
作品情報・出典 / Public Domain・CC0
カットガラス——厚い器に刻む光
半球形の鉢の表面には、砥石で削って磨いた楕円形から円形の面が、段をなして並びます。成形後にガラスを削る工程が加わるため、厚みと切削の深さの関係が重要です。美術館は、掲載品の成形を型吹きの可能性があるものの、宙吹きの可能性も残ると説明しています。
もとは淡緑色のガラスでしたが、現在の強い虹色は風化に伴う変化です。同種のカット鉢はメソポタミアやイランの遺跡に見られ、日本に伝わった類例も知られます。類似した器の分布は広域交流を考える材料ですが、個々の品の輸送経路や工房まで明らかになっているわけではありません。
参照:[4]

紀元後6〜7世紀頃|イラン、ササン朝|黄緑色ガラス、切削・研磨
現状の強い虹色は風化による変化。
メトロポリタン美術館蔵|59.34
Rogers Fund, 1959
作品情報・出典 / Public Domain・CC0
王朝を越えて続く装飾
動物、植物、珠の連なりなどの意匠は、銀器や織物、建築装飾を横断します。何が同じで、何が素材に応じて変わったのかを比べると、工芸の交流が具体的に見えてきます。ササン朝をヨーロッパ史の周辺として扱うのではなく、独自の宮廷文化と広い交流網を持つ中心の一つとして見ることができます。
出典・参考資料
- Blair Fowlkes-Childsほか, The Sasanian Empire (224–651 A.D.)(2003/2016改訂)
- Betsy Williams, The Sasanians(2012)
- The Met, Plate with a hunting scene from the tale of Bahram Gur and Azadeh (1994.402)
- The Met, Bowl with wheel-cut facets (59.34)
本文は上記の資料と作品情報を参照した解説です。作品名の日本語表記は説明用の訳です。年代・帰属の「頃」「恐らく」は所蔵館の記載に従います。図版は同館がPublic Domainとして公開する画像を使用しています。