表紙図版:祝福と繁栄を願うアラビア語の銘を持つ鉢 / The Metropolitan Museum of Art 出典 / Public Domain・CC0(表示範囲を調整)
7〜15世紀を中心に/図版は8〜11世紀
西アジア・中央アジア・地中海の交流圏
器をめぐる文字、金属器を思わせるガラスの輪郭。中世のイスラーム圏では、多様な地域の職人が素材と意匠を組み合わせました。その工芸は、ササン朝やビザンティンの伝統とも、後のヨーロッパともつながっています。
このページの内容
一つの宗教、一つの様式ではない
美術史でいうイスラーム美術は、宗教儀礼に使われる作品だけを指す言葉ではありません。イスラームを主要な信仰とする社会で作られた、宮廷、都市、商業や日常生活に関わる工芸も含みます。広い地域と長い時代にまたがるため、すべてを一つの様式で説明することはできません。
ここでは、イランや中央アジアに関わる器を手がかりに、文字による装飾と、素材を越えて受け継がれる形を見ます。図像や文様の使用は、作品の用途と地域によって異なります。「人物を一切描かない美術」という理解では捉えきれない世界です。
器を囲む、祝福の言葉
白い地に文字を配した鉢には、持ち主の繁栄や安寧を願うアラビア語の銘が記されています。文字は意味を伝えると同時に、長い縦線や曲線によって器の内側にリズムを生み出します。
この品はイランのニーシャープールで出土し、制作は現在のウズベキスタン、恐らくサマルカンドとされています。出土地と制作地が同じとは限りません。また白い地は化粧土によるもので、この鉢を白いからという理由だけで錫釉陶器や磁器と呼ぶことはできません。
参照:[5]

10世紀後半〜11世紀|現在のウズベキスタン、恐らくサマルカンド製/イランのニーシャープール出土|陶器、白色化粧土、多色化粧土による装飾、透明釉
メトロポリタン美術館蔵|40.170.15
Rogers Fund, 1940
作品情報・出典 / Public Domain・CC0
銀器のかたちをガラスへ
8〜9世紀のガラス鉢には、輪郭の分割と、表面を削ってつくった装飾が見られます。厚く成形した器からガラスを削り取ることで、溝と面に光が集まります。
美術館は、このような分割された形をバクトリアやササン朝の銀器と関連づけています。同じ意匠が別の素材へ移るとき、単なる複製にはなりません。金属の打出しとガラスの切削では工程が異なり、透明な素材ならではの見え方へと変わります。掲載品の制作地はイランへの帰属です。
参照:[6]

8〜9世紀|イランに帰属|淡緑色を帯びた無色ガラス、型吹き・切削
メトロポリタン美術館蔵|1970.20
Rogers Fund, 1970
作品情報・出典 / Public Domain・CC0
地中海を渡る工芸
ヴェネツィアでは、イスラーム圏の陶器、織物、金工、ガラスなどが収集され、生活と美術のなかに取り込まれました。交流には交易や外交だけでなく、戦争による略奪も含まれます。作品が移動した事情を一律に「平和な交易」と説明することはできません。
ルネサンスのマヨリカ陶器を読むときにも、イスラーム圏とイベリア半島の技術を視野に入れると、ヨーロッパの内部だけでは見えないつながりが現れます。それぞれの地域が、受け取った技術を独自に展開した点にも注目できます。
出典・参考資料
- The Met, Art of the Islamic World: A Resource for Educators — Introduction
- The Met, The Sasanian Empire (224–651 A.D.)
- Stefano Carboniほか, Islamic Art and Culture: The Venetian Perspective(2007)
- Jessie McNab, Maiolica in the Renaissance(2002)
- The Met, Bowl with Arabic Inscription, "Blessing, Prosperity, Well-being, Happiness" (40.170.15)
- The Met, Bowl (1970.20)
本文は上記の資料と作品情報を参照した解説です。作品名の日本語表記は説明用の訳です。年代・帰属の「頃」「恐らく」は所蔵館の記載に従います。図版は同館がPublic Domainとして公開する画像を使用しています。