イギリスの金製品、特にジュエリーのホールマーク(刻印)について解説します。金の刻印といっても基本的には銀と同じ部分が多いので、シルバーのホールマーク解説ページもご覧いただきながらの解説となります。問題はジュエリーには刻印が押されない、正式な刻印ではないという例が非常に多い部分です。注文品だったからなどと様々に言われておりますが、果たしてそれは本当なのでしょうか。 特に出回っている18世紀以降の刻印を解説いたします。
今回主要に参考した書籍は『Hall marks on gold & silver plate』(1922年)という本です。アンティークのホールマークではこの「plate」(プレート)という言葉が良く使われますが、このプレートとはメッキのことではなく、当然お皿のことでもありません。イギリスでは「plate」は金や銀、その他の金属でできた様々な品物という意味を持ちます(板金(Plate)から作られたもの)。
金の純度は日本やアメリカ、イギリスなど多くの国で24分率で表記される場合が多いです。
24分率 | 1000分率 |
---|---|
24金 | 999/1000〜1000/1000 |
22 | 917/1000 |
18 | 750/1000 |
15 | 625/1000 |
14 | 585/1000 |
12 | 500/1000 |
10 | 420/1000 |
9 | 375/1000 |
24分率の場合、国によってその単位表記に違いがあります。基本的にはカラット(Karat)ですが、その単位表記は以下のように異なります。
イギリス 「ct」(例:18ct)
アメリカ、フランス 「K」(後)(例:18K)
日本(現代)「K」(前)(例:K18)
イギリスの金品位基準は以下の通りです。
22金もしくは純金 | ファーストスタンダード。 |
20金 | アイルランドのみ。 |
18金 | 1798年に導入。セカンドスタンダード。 |
15金 | 1854年に導入。1932年廃止。 |
14金 | 1932年に導入。 |
12金 | 1854年に導入。1932年廃止。 |
9金 | 1854年に導入。 |
★上記基準が正式に認められる以前から当時より低い基準での制作が行われていました。ただそれは「金製品」とはみなされていないため刻印は不要でした。例えば15金がスタンダードとして採用されたのは1854年からですが、それ以前から15金での製造はされていました。ただ、1854年以前は15金は「金製品」としての基準(最低18金)を満たしていないため、そらは「金製品」の扱いではなくホールマークは入れられなかったと推察されます。そしてそれに対応するため基準の引き下げを決めたと考えられます。
★なおプラチナに関しては1973年まで定められた刻印はありませんでした。
イギリスのアンティークジュエリーの場合、正式なホールマークが入っていることは非常に少ないです。しかしそれは注文品だったからではなく、入れたくなかったからでもなく、職人が違法なことをしていたわけでもなく、ホールマークシステムが機能不全だったわけでもありません。イギリスでは法律でしっかりと免除規定が定められていおり、ほとんどの職人たちや工房はそれに則り制作していました。
近現代のホールマーク規定の基礎となったのが1738年にジョージ2世が定め1739年に施行された法律です。そこには、すべての金銀製品にはホールマークを打たなければならないが、以下のものは免除であるとの規定がされています(これは19世紀を通じて多少の改正がありながらも継続された)。それによると、金製品についてホールマークを免除されたのは以下の通りです。
※現代語として正確に当てはまるものが不明なものは原文のまま掲載。
↑一部でウェディングリングには刻印は入れなくてよいから多くの指輪がウェディングリングとして販売されたと解釈が広がっていますが誤りです。
★内国税収入局は1878年10月にモーニングリングには税金を徴収しないことを決めました。また1881年には装飾のないシンプルなゴールドリング(装飾をつける目的ではない)について、重量に関係なく全てウェディングリングとしてみなし税金を徴収することを決めました。そのため、装飾のないシンプルなリングは全てアッセイオフィスを通さなければならなく、結果として重量に関係なくシンプルなリング以外の刻印は全て免除となりました(ロンドンアッセイオフィスでの話)。※出典:ロンドンアッセイオオフィス発行「NOTICES TO THE TRADE」(1880年〜1882年)
■エングレーヴィングなどの高価な装飾が施された金製品や宝石で、刻印を打つことにより損傷してしまう製品
■小さく、もしくは薄くて安全に刻印を打つことができない品物、また10ペニーウェイトに満たないもの(この重量の免除規定に関してはいろいろと変更あり)上記2つの理由を盾にして、ジュエリーに関しては多くの製品が刻印(納税)をしなくて済みました。ただし、頻繁にテストとして品物を提出する必要がありました。また免除されていても通常同様に刻印を押すこともできました。また、金とは別に銀にも免除規定が定められました(ただし、銀の免除規定は1790年に変更となる)。
上記は全て刻印を免除された品物ということは、現代日本で流通しているアンティークジュエリーに当てはめると、ほとんどが免除された品物であるといえます(そもそも金のホールマークはある程度の塊の使用を対象としていた)。つまり正式なホールマークが打たれているものが少ないのは自然なとこと考えられます。そしてこの法律が基本となり19世紀も通じて適用されました(主たる部分は1973年まで)。
また当時はロンドンアッセイオフィスしかなく、後世に誕生するバーミンガムやシェフィールドアッセイオフィスなどの免除規定はまた別と考えられます。
ヴィクトリアンのウェディングリング。正式なホールマークが刻印されている。この時代、シンプルなウェディングリングには必ずホールマークを押さなければならなった。
1973年に数世紀ぶりに新たな枠組みで法律が制定された(施行は1975年)。それが「Hallmaking Act 1973」である。 そこでもやはり免除規定が定められた。それは以下の通りでる。
など
それ以前と比べると免除規定はかなり狭まれ、特にジュエリーはこれをきっかけにほとんどが刻印を入れられるようになりました。
正式なホールマークは厳格なルールがあり、その上で刻印されます。おおよそはシルバーと同じですがスタンダードマークが大きく異なります。またゴールドの場合はその純度や時代、アッセイオフィスの場所によって全く異なります。
1.スタンダードマーク(ライオンパッサント、王冠、純度の数字表記など)
2.アッセイマーク(それぞれのアッセイオフィスのマーク)
3.デイトレター(年代別刻印)
4.デューティーマーク(1784年〜1890年、国王の横顔)
5.メーカーマーク(工房の刻印)
まずアッセイマークがライオンの正面を向いた刻印で、ロンドンアッセイオフィスのものと判断でき、そしてロンドンアッセイオフィスで「g」のこの書体を使用していた年は1822年とわかります(同書体では1782年にも使用されているが、アッセイマークのライオンに王冠が付いている)。金の純度は「18」と「王冠」で18金とわかります。そしてこの年ですとデューティーマークを使用していた時期ですので、必ずデューティーマークが押されます。
イギリスの金銀製品にはアッセイオフィスの刻印が押されます。アッセイオフィスとは金属検査所のことです。イギリスには金銀職人の組合があり、その組合の製品はここで検査を受けなければならず、検査を合格したもののみ市場に出されます。
1.ロンドン/LONDON
2.バーミンガム/BIRMINGHAM
3.シェフィールド/SHEFFIELD
4.チェスター/CHESTER
5.エディンバラ/EDINBURGH
6.グラスゴー/GLASGOW
7.ダブリン/DUBLIN
8.ニューカッスル/NEWCASTLE
9.エクセター/EXETER
10.ヨーク/YORK
11.ノリッチ/NORWICH
検査された年ごとの刻印が押されます。書体や枠の形に変化をつけることで区別されています。同じ年のものでもアッセイオフィスによって異なる刻印になります。
デイトレター一覧は「フランスアンティーク銀製品の刻印」のページを参照ください。
1784年から1890年に製造された銀製品には税金が納められた証しとしてデューティーマークが押されました。その時の国王の横顔の刻印です。
A - 1784年〜1785年、ジョージ3世左向きの横顔
B - 1786年〜1821年、ジョージ3世右向きの横顔
C - 1822年〜1833年、ジョージ4世右向きの横顔
D - 1834年〜1837年、ウィリアム4世右向きの横顔
E - 1838年〜1890年、ヴィクトリア女王右向きの横顔
※王の横顔のデザインではあるが、デューティーマークの変更年は実際に在位していた年と一致はしない。
年 | 内容 |
---|---|
1739 | 金と銀のスタンダードとなる法律が施行される。メーカーの刻印がイニシャルとなる |
1757 | ホールマークの偽造は重罪とされ、死刑が課せられた。ライセンス制度の導入(税金の代わり) |
1773 | シェフィールドとバーミンガムアッセイ開始(銀製品のみ) |
1784 | 金の値上げ、デューティーマーク導入。すべての金職人と製造業者は各アッセイオフィスに対し、荷物ごとに住所や名前、日付、種類、重量、総重量に対する税金の支払い金額を記載することになった。また、刻印がないものを売ったり、交換したり、輸出してはならないとした。違反の場合は品物の没収と50ポンドの罰金という重い罰則が科せられたが、宝石商には適用されなかった。また宝石や石が取り付けられた品物は免除されたままであった(ただしモーニングリングを除く)。金のイヤリングやロケットのスプリングなども免除された |
1785 | 時計のケースの税金払い戻し |
1797 | 金は1オンスにつき8シリングの税金が課せられた。時計のケースは免税 |
1798 | 金基準が18金に引き下げられる。導入された王冠の刻印と 「18」の文字が刻印されていなければ誰も売ったり輸出してはならないと定められた |
1803 | 増税。1オンスにつき金は16シリング、銀は1シリング3ペンスの税金が課せられた |
1815 | 増税。1オンスにつき金製品は17シリング、銀製品は1シリング6ペンスの税金が課せられた(1890年廃止) |
1824 | バーミンガムにて金製品の取り扱い開始 |
1842 | 外国製品について検査と刻印が開始される |
1844 | 22金の刻印がライオンパッサントから王冠と「22」文字に変更となる。Criminal Law Consolidation Act |
1854 | 15金、12金、9金が金品位の基準として認められる(検査官が不正した場合は£20の罰金 |
1855 | ウェディングリングは15金、12金、9金でも検査を受け刻印を打たなければならなく、税金は純度にかかわらず、1オンスに対し17シリングと規定された。18 & 19 victoria,c.60による |
1876 | 外国製品に対し「F」の刻印が使用される |
1890 | 販売促進のため、金と銀製品における税金の廃止 |
1903 | シェフィールドにて金製品の取り扱い開始 |
1932 | 15金、12金を廃止、代わりに14金が採用される |
1941 | ロンドンアッセイオフィスが爆撃を受け破壊される。移転し大戦中たったの11人で活動 |
1942 | ユーティリティーマークの導入。ウェディングリングは9金で2ペニーウェイト以下に制限された |
1959 | The Stone Committeeが現在免除されているものに対するホールマークの導入とアッセイオフィスのうち2つの閉鎖を求めた |
1973 | 数世紀にわたって継続された法律を改め、新たな基準が定められ、国王の勅許が下りた(Hallmaking Act 1973) |
1975 | 1月2日にHallmaking Act 1973を施行 |
1998 | Hallmarking Act Amendment 1998。デイトレターがオプションに変更、1000分率表記を基準、輸入品を区別するマークの廃止、ライオンや王冠などのスタンダードマークをオプションに変更 |
・『HANDBOOK TO HALL MARKS ON PLATE』CYRIL G.E.BUNT(7版、1949)
・『HALL-MARKS ON GOLD AND SILVER PLATE』W.Chaffers&C.A.MARKHAM(10版、1922年)
・『ENGLISH GOLDSMITHS AND THEIR MARKS』Charles James Jackson,F.S.A.(1905年)
・ロンドンアッセイオフィスHP(https://www.assayofficelondon.co.uk/)
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