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西洋アンティークの知識

100年、時を経て

アンティーク、それは一般的に100年以上前の製品を指します。100年。その時間はどれほどなのでしょうか。例えば、このページを見ている方は、100年後にも受け継がれているといえるものをどれほどお持ちでしょうか。食器、ジュエリー、美術工芸品、それらを100年後まで受け継がせていくのはどれほど大変なのでしょうか。未来を知ることはできませんが、過去を知ることで未来への道しるべになることがあります。ここでは過去100年の歴史を振り返ってみます。


1919年 第一次世界大戦の終戦


1920年代 アール・デコ


1923年 関東大震災


19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパも日本も工芸の世界はアメリカの好景気に支えられ、アメリカへの輸出が中心となっていました。ところが1929年、ウォール街の大暴落を発端に、世界恐慌が起こりました。これは工芸の世界にも普及し、多くの工房がこの前後で閉鎖に追い込まれています。ジャンルを問わず多くの工房の歴史を紐解くと、19世紀末に始まり、20世紀初頭に閉鎖している工房は非常に多く、アール・ヌーヴォ―からアール・デコへの適応に苦しんだということもありますが、その背景には社会的な変化による影響が挙げられます。

1929年 世界恐慌


1939年 第二次世界大戦勃発

1939年、ドイツによるポーランド侵攻を始まりに世界を巻き込む大規模戦争が再び起きてしまいました。第一次世界大戦同様、多くの工芸に携わる職人たちが巻き込まれました。中にはアール・デコで名を馳せた人物も多く巻き込まれ、事実上アール・デコの終焉のきっかけとなりました。


1945年、日本のポツダム宣言受諾により長年にわたる第二次世界大戦は終結。気付けば科学技術はさらに発展し、新たな素材も次々と開発され、時代はすでに職人の高度な手作りは衰退し、よりデザインを重視したミッドセンチュリーへと移っていきました。

1945年 終戦


1950年代 冷戦の激化

第二次世界大戦後、アメリカなどの西側諸国、そしてソ連などの東側諸国の対立が世界各地で激化していきました。朝鮮戦争が起きるなど不安定な情勢の中、アメリカは勢いを伸ばし世界の中心となっていきました。各地の工芸職人はその役割をすでに終え、単なる「伝統工芸」化していきました。一方、世界ではよりデザイナー志向が強くなり、特に北欧では優れたデザイナーたちが活躍するようになりました。そして「テレビ」が普及し始めたのもこの頃です。


戦後、好景気を維持していた日本は1968年に国民総生産(GNP)がドイツを抜き世界第2位となりました。そしてこの頃から日本では西洋アンティークというジャンルが多くの人に知られるようになり、ブームとなり始めました。

1960年代〜1970年代 日本の高度経済成長


1980年代 バブル景気

1980年代後半、好景気だった日本は欧米における工芸の分野でもその中心となりました。西洋アンティークブームが到来し、多くの日本人バイヤーが欧米に押しかけ、高額なアンティークを山のように買いあさりました。また欧米の現代工芸でも、多くのブランドが日本向けに輸出をしたり、直営店をだすなど日本市場向けのスタイルが主流になっていきました。日本では多くの美術館が開館ラッシュで、世界でもトップクラスの西洋アンティーク保有国となりました。


1991年に日本のバブルが崩壊すると、工芸の分野に大きな影響がでました。それまで日本頼みだったヨーロッパの工芸は不況を迎え、またグローバル化により国際競争はより激しくなり、多くのブランドが倒産などに追い込まれました。一方、中国経済の成長により中国骨董は暴騰をはじめ、中国富裕層向けの産業が主流となっていくようになりました。

1990年代〜2000年代 苦境


2019年 そして

今、日本では使えればいい、安いからいいという使い捨ての文化が蔓延っています。非常に恥ずべき事です。当店で扱っているアンティークは100年、200年と長い年月、様々な歴史を乗り越えて残ってきたものです。ただ残ってきたわけではありません。残るべき価値があるから残っているのです。あなたの持っているもので、100年後も残っているものがありますか? 自分が使っていたものが100年後どこかのだれかが大事に持っていたり使っている、それはきっと素敵なことだと思います。